万年帰宅部だとは思えないほどに俊敏かつ圧倒的なスピードでその場から全力疾走を遂げた私は、家に帰っても何をしても何も考えられなくて屍のように過ごした。
あれは、一体なんだったんだろう。
あのまま逃げ出さなければ何をされていたんだろうか。もしかしたらキス…まで考えてブンブンと首を振る。いやいやいやいや。孤爪くんが?ありえない。でもあの流れはやっぱり…という問答を繰り返しながら、気づいたら朝を迎えていた。
このまま学校へ行くのか。なにも考えられない頭で。フラフラとした頭をなんとか稼働しながら朝の支度をする。それからなにを考えていたかとか全く覚えてないけれど、私は気づいたら学校にいて、気づいたら昼休みが来て、気づいたら放課後になってた。凄い。時間だけが進んでいる。
孤爪くんは私には一切話しかけないというか、むしろ避けられていたような気がする。もはやこれに関しても覚えてないのでそれが夢か現実かもわからなかった。
「いつまで死んでんのー?」
「ひそか〜?」
「………………」
「だめだわ、もはや意識がない」
「久しぶりにバレー部みに行こうよ!研磨もいるよー?」
バレー部、研磨、という単語にピクッと反応をした私は、そのままブリキのおもちゃみたいにギギギッと体だけをみんなの方へと向ける。
みんな曰く死にそうな顔をしている私はその単語のせいでさらに地獄に落ちたような顔を見せたらしく、珍しく焦ったみんなが慌てながら「ちょっと大丈夫?!」と肩を叩いた。
「一体なにがあったの!?」
なっちに肩をガンガンと揺さぶられれば気持ち悪さで顔面が蒼白になる。それを察したみぃちゃんが慌ててなっちを止めて背中をさすってくれた。
「うちら話聞くし!どうせ研磨のことでしょ!?」
「どうせ拗らせまくってまた変なことになってんだよな!?」
「見た目に反してひそかの恋愛偏差値小学生なんだから一人で悩んだって解決出来ないじゃん!」
「うぅ…なおピだって彼氏いないくせに人を馬鹿にする…」
「今彼氏いないだけだわ殴るよ!」
三人に囲まれて背中やら頭やらを撫でられていると何だか涙が出てくる。なんだかんだでやっぱり頼りになるのはこの友人たちだ。派手だし口悪いけど良いやつらなのだ。私のことは馬鹿にするけど。
「みんな大好きだよぉ〜」
「ぎゃー鼻水つく抱きつくな!」
「とりあえず教室目立つしどっか移動しよ」
「カラオケがいいー!!」
泣いてる私の手を代わる代わる引きながら連れてこられたのは駅前のいつものカラオケ。部屋に入るなり歌う準備もせずにまず何があったのかと問い詰められる。ドリンクバーでなっちが持ってきてくれた私の分の烏龍茶を一気に飲み干して気合いを入れた。そして昨日の放課後にあった出来事を全部包み隠さずに話した。
「また逃げたのか!ヘタレ!」
「何かされたのかって心配してたけど心配して損した。お前が悪い」
「早く研磨に謝りな」
全てを話し終わるとさっきまでの態度が一変して全員から激しく責め立てられる。嘘でしょそんなみんなして!隣にいたみぃちゃんに泣きつくとペッと剥がされて反対隣のなおピの方へと投げられた。
「ひそかは研磨とキスしたくないのか!?」
「したい〜〜〜!」
「じゃあなんで逃げたの」
「だっていきなりだったし、キスかもわからないし、第一好きって言われてない〜!!」
ワンワンと泣き声をあげる。まぁ確かにそれはあるなと納得を示したなおピが、もう今日は歌って発散しよう!とマイクを手にして曲を入れて歌い始めた。それからは私も一旦この話題は忘れてギャーギャーといつも通りの楽しいひと時を過ごす。そろそろ時間だからとぼちぼち準備を始めると、みぃちゃんから名前を呼ばれた。
「ひそか、明日はとびっきりキメてきなよね」
「なんで?」
「ここまできたらさ、もう告っちゃいなよ」
「………え!?」
告るって告白であってる!?好きですって伝えるあの!?みぃちゃんの急な提案にわたわたとしていると、なおピとなっちも「そうだよ、それしかないよ」と乗り気で話を進めてくる。
「こ、心の準備が…!」
「ここまできて何を準備する必要があんのよ!好きって言うだけだから!」
「言うだけって!そんな簡単だったらとっくのとうに伝えてる!」
「ダラダラ先伸ばしにするから拗らせるんだよ!ギャルはガッツ!いい加減腹括れ!」
続きはマックで作戦会議!とそのままカラオケの向かいにあるマックへと連行された私は、ノートに『告白するときに伝えたいことリスト』を箇条書きで書かされている。こうやって事前に少しでもまとめておかないと、頭が真っ白になって何も言えずにまた逃げ出すに決まってるかららしい。さすが私のことをよくわかっている。
「まずは、当たり前だけど『好き』!」
「スキ…」
「最悪伝えるのはこれだけでもいいから」
「はぁ…スキ…」
「あとは〜、好きになった時期とかどこが好きだとか?」
「去年から好きでした〜とか、バレーやってる研磨がめちゃかっこいい〜とか言っときゃいいのよ」
「そんな軽い感じでいいの?」
「プロポーズでもないんだからいいだろ」
言われた通りにツラツラと箇条書きで書いていく。明日。明日か。こんな急にとか思うけど、でもきっと自分一人じゃ一歩も踏み出せないだろうし、みんなの勢いに乗ってもうこのまま突っ込んでみるのも悪くないかもしれない。というよりきっとその方が良い。
まだ孤爪くんとは気まずいままだし、結局私はどう思われてるのかもわからない。でも孤爪くんも好きになったら自分の気持ちを信じるって言ってた。私も孤爪くんのことが好きな自分の気持ちを信じたい。
「よし!」
「いけ!ひそか!研磨ゲットしよう!」
「そんなポケモンみたいな」
「いつ告る?放課後?」
「うん!休み時間とかだともしフラれたらそのあと絶対失踪するし!」
「私らもギリギリまで付いていってあげるから、失踪はするなよー」
今日は帰ったら半身浴して、いつもより念入りにパックして、お母さんが隠してる高いトリートメント使っちゃおう!明日どうなるかなんてわからないけど、弱気な自分とはもうオサラバだ。
みんなが言うようにギャルはガッツ!明るく!テンションあげてこ!
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