「行こっか」
「うん」
「お迎えも来ちゃったしね」
スクッと立った立花くんが見つめる方向に首を動かす。そこにはこちらに向かって歩いてくる孤爪くんがいて、思わずガバッと勢いよく立ち上がった。
「そんなに怖い目で見なくても何もしてないから大丈夫だよ」
「………」
「じゃあね館さん」
そのまま手を振って去って行ってしまった立花くんの方を見ていると、ボソッと小さく私の名前を呼ぶ声がしてハッと後ろを振り返った。孤爪くんは3メートルほど離れた位置でジッとこちらを見ている。大きくて鋭いその目に吸い込まれてしまいそうで、そっと視線を下に外した。
一歩、また一歩と近づいてくる孤爪くんに対して、少しずつ後退していく私。縮まらない距離にもどかしくなったのかムッとした孤爪くんは大股で素早くこちらへとやってきて、ガシッと私の手を取った。
「…………孤爪、くん」
「…………」
「一体これはどういうことでしょう」
「…………」
「せ、せめて何か言ってよ…!」
どうしよう。孤爪くんが何も言ってくれないせいでこの状況がよくわからない。だけど孤爪くんが触れている箇所がジンジンと熱くて、ドキドキと高鳴る心臓の音が静まることはない。触れた指にキュッと力を込められればその存在を一層意識してしまう。これだけでもう限界を超えて倒れてしまいそうだ。
「なに、してたの」
俯き気味に上目遣いでそう問われてしまえば、ビクッと固まってしまう私の体。何その目?何その表情?かわいい!かっこいい!素敵!と普段ならすごい貴重なこの孤爪くんにテンションを上げて心のシャッターを連打するところだけれど、あいにく今はそんな雰囲気ではない。
まるで責められているようなこの空気に今度は私の口が動かなくなる。まさか孤爪くんへの恋愛相談をしていましただなんて言えないし、かと言って上手い躱し方もこの混乱した頭ではなにも思いつかない。
「館さんに告白したのって、さっきのやつ?」
「………うん」
「背高いし、優しそうだし、人気そうだね」
「………え、と」
「好きなの?」
その言葉に勢いよく孤爪くんの方を向いた。ずるい。孤爪くんは私の気持ちを知ってるんじゃないんだろうか。わかっててあえて聞いているのだろうか。それとも気づいてない?いや、人をよく見ていて鈍くもないはずの孤爪くんに限ってそんなはずはない。
たしかに立花くんは優しい。背も高い。きっと人気もあるんだと思う。それでも、私が好きなのは孤爪くんだよ。そう言いたいけどとてもじゃないけどこの空気感で口には出せない。
ビュウと風が吹いて私と孤爪くんの髪を揺らした。揺れる髪の毛の隙間から見える孤爪くんはなんだか神秘的で、綺麗だ。風の強さに耐えるように少しだけ細められた目がじっとこちらを見ている。その目の力強さに動けなくなってしまった。
なにも言わないでいると、ムッとした顔の孤爪くんがぐいっと掴んでいた腕を引いたかと思えばそのまま私を腕の中に閉じ込めた。
閉じ、こめた?えっ、え、え、え!?
「ここここここ孤爪くん!?!?」
「うるさい人来る」
「だってこの体勢って!」
「静かにして」
「いや意味わかんないんだけど!?」
「黙って」
グッと腕に力を込められれば途端に身動きは取れなくなる。もしかしなくても私は今孤爪くんに抱きしめられている。そんな夢にまで見たシチュエーションが繰り広げられているというのに、何回も何回も妄想したような甘い空気はここには1ミリもない。
それでも制服越しに感じる体温とか、華奢なように見えてしっかり男の子だなぁと感じられるような背中に回された硬い腕とか、あの集団の中にいれば低い方だけど私と並ぶと高い背とか、全身で感じられる孤爪くんの存在に体はフラフラするし、孤爪くんの匂いに包まれて頭はクラクラする。
「孤爪くん」
「…………」
「どうかしたの?」
「…………」
「私がいうのも何だけど、好きな人以外にこういうこと、簡単にしちゃダメだよ」
「…………は?」
やっとピクッと反応を示した孤爪くんは今までに聞いたことないような低い声を出した。そんな声が飛んでくるなんて想像もしていなかったので私の方がビビってしまった。ちょっと怖い。
「き、期待させるようなこと、しないで」
「それ、本気で言ってる?」
そっと私の体を離した孤爪くんはため息を吐きながらゲンナリとした顔をして私から距離を取った。なんだか最近みんなにため息をつかれてばかりな気がする。
孤爪くんが手を伸ばして風で乱れた私の髪をスッとすくって耳にかけた。今絶対耳真っ赤だ。熱を持つ私の耳に触れる孤爪くんの冷たい手に目を細めると、もう一度小さく息を吐いた孤爪くんはゆっくりと話し出した。
「おれが好きでもない人にこんなことすると思ってるの」
「…………思わない、けど」
「けど、何?」
そんな言い方、まるで孤爪くんが私のことを好きみたいじゃないか。
と思ったところで、それは無いだろという考えと同時にもしかしてもしかしたらという考えが浮かんできた。最近私に積極的に話しかけてきたのも、立花くんを見てムッとしているのも、もしかしてもしかして、なんて事があるのだろうか…?
「ひとつ質問してもいい?」
「なに」
「………孤爪くんって」
もしかして私のこと好きなの?
そう言った瞬間、孤爪くんはギョッとした表情を隠すことなくこちらへ向けてくる。眉間にシワをこれでもかと寄せながら、言葉もなく「は?」という感情を名一杯表現している。ごめんなさい。なんか知らないけど謝りたくなった。変なことを言った自覚はある。恋する乙女は自分の良いように考えがちだ。反省しないと。
それにしても負の表情の豊かさはホントにすごいなと思いながら、あぁやっぱり特に考えもなしに馬鹿なことを口走るんじゃなかったと後悔した。孤爪くんははぁぁと今までで一番のため息をついて私の耳元から手を離した。
「それ、聞く?」
「だって孤爪くんが変なこと言うから!」
「だからって、なんでそんな聞き方」
二人してギャーギャーと騒いでいると、遠くからおーいと聞き慣れた声がした。
「もうすぐ休憩終わるぞ〜って、館ちゃん。久しぶり」
「黒尾先輩!お久しぶりです」
「なに?なんかお取り込み中だった?」
「え!?ちがっ、そんなことはっ」
「馬鹿なこと言わないで。休憩終わるんでしょ、早く行こ」
スタスタと歩き出してしまう孤爪くんを黒尾先輩と二人して見る。まぁよくわかんねーけど話できてるんならいーわと笑って黒尾先輩もすぐに行ってしまった。
一人残された私は、まだ体に残る孤爪くんの体温と抱きしめられた時の感触を思い出して一人でその場に崩れ落ちた。
「意味、わからない」
孤爪くんの本当の気持ちも、行動の意味も、わかりそうでわからない。手が届きそうで届かない。それでもこれだけはわかる。
私やっぱり、孤爪くんのこと大好きだ。
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