「館さん、そこ間違えてるよ」
「えっ?」
先生が休みで急遽次週になった数学の授業。配られたプリントをさっさと終わらせて自由な時間を過ごそうとせっせと問題に向き合っていると隣から声が飛んできた。
「あっ本当だ、ありがとう」
「うん」
回答の間違いだけを指摘してそのあとは特に何も言わない。そんな孤爪くんを不思議に思いながら残りの問題に取り掛かった。
「半分持つ。貸して」
また別の日。先生に雑用を押し付けられて、不満を抱きつつクラス分のノートの山を待ちフラフラと廊下を歩いていたら、追いかけてきた孤爪くんが半分持ってくれた。普段なら雑用なんて嫌がりそうなのに。一体どうしたんだろう。
「そういえば、あれからログインあんまりしてないらしいけど飽きたの?」
「違う違う。最近バイトのシフト忙しくて、家帰ったらすぐ寝ちゃうからなかなかゲーム出来なくてさ」
「そう。無理しすぎはよくないと思うよ」
「大丈夫、ありがとう」
さらにまた別の日。授業の合間の休み時間にダラダラとスマホをいじっているとそれを見た孤爪くんが話しかけてくる。たしかにこのゲームはフレンドがいつログインしたかとか表示される。けどフレンドさん達のそんなところまで把握してるの流石だなぁ。
「リエーフ達がそろそろ顔見せに来いってうるさいから行ってあげて」
「絶対それ飲み物たかるためだよ〜。でもまぁしばらく会ってないしなぁ」
「クロも心配してる」
「まじで?」
さらにさらに別の日の放課後。部活に行く前の孤爪くんが私の机の前で立ち止まったと思ったらそんなことを言ってきた。リエーフくんや黒尾先輩から伝えておけと頼まれたんだろう。お手を煩わせてすみません。
「リップ変えた…?」
「そうなの!この色可愛くない!?」
「前よりいいと思う」
新しく買った新色のリップをつけてみた日、登校してきた孤爪くんにかけられた言葉。今まで使っていたものよりだいぶ赤みが強いから、たしかに変えたことにも気が付きやすいとは思う。けど男の子ってそんなにメイクとか興味なさそうだし気づかないと思ってた。やっぱり孤爪くんは人をよく見ていてすごいと思う。
「いや…凄いっていうかなんか」
「ひそかさ、本当にただ絡まれてるだけだと思ってんの?」
「え、なにどういうこと?」
ハテナを浮かべる私と、はぁとため息をつく友人達。三人とも「あんた本当に見た目だけで恋愛経験少ないから感覚狂うわ」と額に手を当てながら項垂れている。私の恋愛経験の話は今は関係ないだろうが。
「おかしいと思わない?あの研磨がこんなに毎日毎日自分から話しかけてくるんだよ?」
「うーん。たしかに回数は増えたけど、少し前から孤爪くんから話しかけてくれることもあったよ」
「うちらは無いよ」
「あれ、そうだっけ?」
「とにかくあのド陰キャがこんなに頑張ってるんだから早く気づいてあげろよ!」
みんなは段々とイライラしてきているのがわかるような口調になっていって、私はさらにハテナを浮かべるしか無い。なんなんだよもーという顔をしながらまだ教室に戻ってきてない孤爪くんの机をチラリと見るも、正解が分かるはずもなくハァと小さく息を吐いた。
それから数日。孤爪くんとも変わらずやりとりを繰り返して迎えたとある日の放課後。帰ろうと靴を履き替えていると「館さん」と声をかけられた。振り向いたそこに立っていたのは立花くんだった。
「立花くん、久しぶり」
「久しぶり。俺もちょうど帰るところだったから、話しかけちゃった」
ニコニコと笑う立花くんは今日もとても優しい人オーラをまとっていて爽やかだ。帰る前にちょっと話そうよというお誘いを断る理由もなく「いいよ」と返事をすれば、嬉しそうに笑った立花くんはじゃあこっちと外の日陰になっている場所に座り込んだ。
「最近孤爪とはどう?」
「あー、特になにも無いかなぁ」
「そうなんだ」
いきなり切り出される孤爪くんの話題に動揺するも、最近は本当になにも無いのでこう答えるしかなかった。
「でも、最近孤爪くんにすごい話しかけられる」
「あの孤爪から?」
「うん」
だいぶ伸びてきた髪をくるくると指で弄りながら話し出す。枝毛いっぱい。近々美容院行かなきゃなぁと考えつつ最近少し疑問に思っていることを伝えると、驚いた様子の立花くんは「孤爪がかー」と言いながら空を見上げた。
「逆に館さんは最近あんまり孤爪に絡んでないんじゃない?」
「…そうだけど見てたの?」
「見てたっていうか、館さんのグループ目立つから見かけるとどうしても目で追っちゃうというか」
少し気まずそうに頬を掻きながら笑う立花くんはそのままこちらを見ながら話し始める。くるくると弄んでいた手を止めて私も立花くんの方を向くと、ふわりと優しく微笑まれた。
「俺、まだ館さんのこと好きだよ」
「………え、え!?」
「あぁ、ごめん。でも前に言ったようにだからといって特にどうして欲しいとかじゃ無いんだ」
「そう……」
やはり他人から好きだと言われるのは恥ずかしくて、どうしていいのかわからなくなってしまう。うまく言葉が返せないのが申し訳ない。でもここで謝るのもなんか違うし、だからといってありがとうというのも違う気がする。この手の話はやっぱり私には難しい。
「俺で良ければ話聞くけど」
ニッと笑う立花くんの人の良さに感動すら覚える。孤爪くんと同じ男の子なら何かいいアドバイスがもらえるかもしれない。それに立花くんは人の話を笑ったり馬鹿にしたりもしないだろう。
ちゃんとした告白はしてないけれどたぶん相手に気持ちを知られてしまったこと。それからなんとなく気まずくてその話題を避けてしまっていること。孤爪くんから最近とても話しかけられるようになったこと。順を追って説明していくと、こんがらがっていたはずの自分の頭まで整理されていくような気がしてスッキリしてきた。
「館さんはまだ孤爪のこと好きでしょ?」
「……うん」
「釣り合わないとか、思ってる?」
「……………うん」
最近毎朝メイクをしながら考えてしまうことがある。カラコンを外して、マスカラを控えめにして、濃いアイシャドウを薄いラメにして、ライナーをブラックからブラウンにして、色の濃いリップを控えめにして、テカテカのグロスをやめて、ノーズシャドウを薄くして、髪の色をもう少し濃くする。
このメイクをやめてクラスの他の女の子みたいになったら、私も孤爪くんに近づく自信がつくのだろうか。
私がメイクをするのはこの方が自分に似合ってると思うから。濃いメイクをすると気合が入るし、自信もつく。周りのみんなが着ているような服も可愛いと思うし、その年のトレンドを追うことも、ふわふわしている女の子らしい服装も、見るのは可愛いと思うしいいなとは思う。それでも私が好きなのは派手目な色使いの派手なファッションで、制服だってみんなよりも短めなスカート丈なのを気に入っている。
私はこのスタイルの自分が好きだ。たとえ他の人にやめた方がいいと言われたって、私が好きだからこのスタイルを貫いている。そこに自信を感じるし、そう思える自分に誇りを持っている。
でも、このスタイルが孤爪くんに近づきすぎることを自分自身が怖がる一因となってしまっている。それに悔しさと悲しさとやるせなさが付きまとう。
「他の人が見て館さんの横に立つのに違和感のない男ってさ、例えば見た目がすごいチャラかったり、同じように派手だったりする感じかなぁ」
「たぶん、そうなんだと思う」
「俺はどう?」
「………えっと」
「正直、俺も館さんの隣に立てるような見た目の男には見えないよね」
「………うん」
「でも俺は館さんのことが好き。館さんが孤爪のことを好きなように」
「………」
「館さんが仮に俺と付き合ったとして、俺が自分の横に立つのに相応しくない容姿をしてるとか思う?」
「え!?ないない!相応しくないとかそんなこと思わないし、気にしない!」
「うん」
にっこりと笑って頷いた立花くんは風で舞った私の髪をふわりと押さえて整えてくれる。その手つきには何の下心も感じられない。ただただ優しい掌の温もりを感じながらそっと息を飲むことしかできなかった。立花くんが私に伝えたいことが、わかった気がした。
私、孤爪くんのこと、好きでいていいんだ。
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