全っっっ然眠れなかった。私から全力で目を逸らした孤爪くんの表情を目を閉じるたびに思い出した。やっと眠気が来ても目を閉じると目が冴える。悪循環。あんなに俊敏に動く孤爪くんも珍しい。
あの時はパニックでショックというものはあまりなかった。けれど、ジワジワと襲ってくるその感情に知らず知らずのうちに涙が溢れてくる。
やっぱり、両想いって、まじで奇跡が起きないと成り立たない。
「おはよー。あれ?なんかいつもよりメイク濃くね?」
「ちょっと事情が」
「そういえばひそか昨日の告白どうだったの」
「………………」
告白は断った。そして私もたぶん振られた。思い出すと涙が出そうになるのでグッと目を瞑って我慢をする。孤爪くんはまだ来てない。
空席の隣を見ながらどうやって接しようかとひたすら考える。いつも通り、何事もなかったように普通にしたいと思う。けど、孤爪くんはどうなんだろう。
しっかり直接告白したわけじゃないけど、孤爪くんは鈍くない。絶対に私が孤爪くんのこと好きなのはバレたはずだ。自分のことが好きかもしれない人に普通に接せられるの気まずいって思うかな。話しかけない方がいいのだろうか。
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「何で逃げたんだよ!そこはもう流れでしっかり告れよ!」
「無理っしょ!あの孤爪くんの全力の顔の逸らし方見たら無理だよ!!めっちゃ気まずい顔してたし!!」
放課後緊急会議と称しみんなを無理やりマックへと連れ込む。注文を終え席につき早々に昨日あったことを全て伝えると、リエーフくんのやらかしに爆笑したのちに逃げてしまったことを責められた。
「当たって砕けろだよ!女はガッツ!」
「負け試合すぎるよ砕ける未来しかないじゃん!」
まずは今日の私と孤爪くんはどうだったかをお伝えしたい。
朝、ギリッギリの時間に教室にやってきた孤爪くんにおはようと言ったら意外にも普通に返事が返ってきた。休み時間には少し気まずそうに名前を呼ばれた。孤爪くんからだ。こんなことは今までになかったのでテンションがあがった。それと同時に孤爪くんにそこまでさせてしまうくらいの出来事なのだと冷や汗が吹き出した。そのまま「昨日のことなんだけど」と切り出されて心臓が止まるかと思った私は、その声を遮って「あー!そうだった孤爪くん!私また敵倒せなくて!次どんなパーティにすればいいかな!?」と食い気味に割り込んだ。
勢いに押された孤爪くんは戸惑いながらも私のスマホで新しいパーティを組んでくれて、次はこっちの武器を強化するといいとアドバイスもくれた。ありがとうと返事をして、それから私は孤爪くんから目を逸らしてひたすらゲームにのめり込んだ。おかげで武器は瞬く間に強化された。
そんな感じで今日一日昨日の話題に触れられそうになるたびに全力で話題を逸らし、今に至る。
「逃げっぱなしじゃん!普通に接したいとか言ってたのはどいつだよ!」
「女が廃るよひそか!ガンガン行こうぜ!」
「だって、だって…無理なもんは無理だよォォ!」
あの言葉の続きを聞いてどうするんだ。絶対に「昨日のことなんだけど」の後に続くのはあれの返事に決まってる。
ごめん?好きにはなれない?おれはなんとも思ってない?孤爪くんがどんな言葉を私にかけるのかはわからない。わからないけど、どんな言葉をかけられても私が傷つくことはわかっている。
どうせ結ばれないのなら、曖昧にして今までの友達の関係を続けていきたい。孤爪くんから直接断りの言葉なんて聞きたくない。私は立花くんみたいにはなれない。
次の日、また次の日と孤爪くんとそんなやりとりを繰り返した。三日もすれば流石に孤爪くんももうその話題には触れてこようとはしなくて、以前のような私がワイワイ騒いで孤爪くんに絡む関係が続いている。
「ヨッ」
「黒尾先輩…」
「あの時ぶりじゃん、元気してた?」
「………なんとか」
まぁ座れと諭されいつかみたいに自動販売機横のベンチへと二人して腰掛ける。ハイよと手渡されたミルクティーに「いいんですか?」と問いかけると、「たまには俺も先輩らしくしないとね」と大きな掌で頭をポンとされる。黒尾先輩のこれ好きだな。安心出来る気がする。
「随分逃げ回ってたみたいじゃん」
「なんで知ってるんですか」
「研磨の様子みてりゃわかるわ」
受け取ったミルクティーをぐいっと一気に飲みこむ。こうなりゃヤケだ。未成年で良かった。もし今の状態で成人していたら絶対にお酒に走る大人になっていたと思う。お酒飲んだことないから想像しか出来ないけど。
「ほんとはあの日一緒に帰ろうと誘った理由は別にあったんだけどな」
「別の理由?」
「んー、研磨のこと嫌いになったわけでもないのに何で普段通りに話しかけるのやめたんだろうなーって」
「…そ、それは」
「その反応は話しかけるのやめた心当たりはあるってことだな」
「ぐっ、なんかその質問の仕方ずるいです」
言葉に詰まる私を見てニヤリと笑いながら「先輩に話してみ?」と言う黒尾先輩の顔はものすごく楽しそうで、それでいてやっぱり胡散臭い。将来悪徳セールスの営業マンとかになっててもおかしくないような顔をしている。
「………孤爪くんが私のことを嫌がってるって話を偶然聞いちゃって。似合わないし、望みもないからって言ってて。うるせー!って思いはしたんですけど」
「うん、それで?」
「孤爪くんは確かに目立つの嫌いだし、目立つ人も遠ざけようとするし、うるさいのも好きじゃなさそうだし…優しいから私が話しかけるの断れなかっただけで迷惑がってるかもしれないって思ったら………やっぱ前みたいに少し落ち着こうと思って」
「あー」
少しだけ上を向いた先輩は何かを考えた後にもう一度私の方を見て、そのままポンポンと頭を撫でた。と思ったらその手をガシガシと動かして頭を撫で回した後、その大きな両手で私の頬をガシッと挟んだ。
「なにするんですか!髪ボサボサになったし今の顔絶対ブスなんですけど!」
「ピーピー言ってないでこのままよく聞きなさーい」
先輩の手首を掴んで引き離そうとするもその腕はびくともしない。仕方なく言われるがまま黙り込んで次の言葉を待つ。
「研磨に直接ちゃんと聞いた?あいつが館ちゃんのことウザいとか迷惑とか嫌いって言ってた?」
「………そ、れは。言ってない」
「んじゃ決めつけないでやらないと。勝手にそう思われちゃあいつも可哀想じゃん」
「でも、私と孤爪くんのタイプが全く違うのは確かです」
「まぁなー。でも研磨は見た目どうこうで他人の評価を決めるやつじゃねぇよ?」
「…………そう、ですけど」
孤爪くんは見た目に惑わされずちゃんとその人の中身を見てくれるような人だってことは知っている。見ていれば、接していればそれがわかる。
ただ、怖いのだ。見た目も性格も全然違う私が、孤爪くんを好きでいるのが。今まであまり気にしないフリをしていただけで本当はずっと怖かったんだ。
「ずっと言ってるでしょーが。俺は館ちゃんを応援してるって」
ニカッと笑った黒尾先輩の笑顔はそれまでの胡散臭い笑みとは違ってとても明るくて楽しそうで、ちょっとびっくりした。「んじゃ俺次移動教室だから戻るわ〜」とフラフラと行ってしまった先輩の後ろ姿を目で追いながら、ぼさぼさになってしまったであろう髪を手ぐしで整える。
黒尾先輩の言うことは正しい。孤爪くん本人から何かを言われたわけではない。だけどやっぱり恋心というのはとても厄介なもので、普段から見た目だけで判断されがちな私はなかなか一歩を踏み出せない。
大人しくして本性を隠していたのをやめて、最近は孤爪くんにも素の自分をちゃんと曝け出しているようでいて、心配とか不安とかを心のどこかでずっと抱えていた。好きだと思うほどにどこか怖くなっていたんだ。
昼休みの終了を告げる鐘が虚しく鳴り響く。先輩に買ってもらったミルクティーをグイッと飲み干して、渋々重い腰を上げた。
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