本音が言えナイチンゲール


「良かった、来てくれて」


指定された場所へ行くと、壁に寄りかかりながら私を待っていたその子はパッと顔を明るくして壁から体を離した。スラっとした背の男の子は茶髪がかった短髪で、優しそうな顔つきに似合わず意外にもガッチリとした体格をしている。遅れてごめんと一言言うと、「全然待ってないし大丈夫、来てくれただけで嬉しいよ」と人好きのする笑顔を浮かべて柔らかく笑った。


「えっと………だいたい想像できてるかもしれないんだけどさ」

「うん」


少し控えめな声でゆっくりと話し出す。この人きっとモテるんだろうなぁと思いながらその光景をどこか他人事のように見ていた。


「俺、館さんのこと好きなんだ」


目を合わせてそっと告げられたその言葉は、教室でみんなと想像していた通りの言葉だった。孤爪くんよりだいぶ背の高い彼の顔を見上げるとほんのり頬が色付いていて、キュッと唇は結ばれている。

あぁ、恋をしている顔だなと思う。たぶんこの間の私と同じ顔だ。


「ありがとう。気持ちはとっても嬉しい。……でも、ごめんなさい」


好きな人の前でする顔。それを見てしまったからこそ、ちゃんと答えなければならないと思った。適当になんて返せないし、変に期待も持たせられない。私が告白の時に好きな人にされたくないことはしちゃいけない。


「好きな人がいるの」

「うん、孤爪だよね」

「…知ってたの?」

「館さん気付いてないかもしれないけど、俺たまに3組で同じ部活のやつと弁当食べてるんだ」

「そうだったんだ」

「だから…館さん見ててそうなのかなって思ってたんだけどさ、やっぱり伝えたくて」


俯きながらそう言った声はとても小さくて、なぜだかこっちが泣きそうになってしまった。


「俺、立花って言うんだ。館さんがもし良ければ、これからは友達でいて欲しいんだけど」

「うん」

「孤爪と話してる館さん見てたら付き合ってとは言えないし、本当に俺の気持ち整理するために伝えたかっただけだから。自己満足に付き合わせちゃってごめん」


立花くんは、たぶんものすごい良い人で誠実な人だというのをこの短時間でひしひしと感じる。


「悔しいけど、孤爪と話してる時の可愛い館さんが好きだったんだよ。俺がいうのもなんだけど孤爪とうまく行くように応援してるよ」


じゃあ、またね。と言ってパタパタと階段を降りていった立花くんの姿が見えなくなる。告白を受けるのが初めての経験というわけではないけど、付き合ってとも言われず自分の恋を応援されるのは初めてだった。

もしも孤爪くんに好きな人がいたら、私は立花くんと同じことができるのかな。一体どんな勇気と優しさがあればそんなことができるんだろう。運動部の元気な声が響く廊下を一人歩きながらそんなことを考えた。

このまま行くのもなぁと思って、今日はいつも部活の様子を見学しているギャラリーには行かず体育館の様子が覗ける図書室で待つことにした。部活が終わるまで本を読んでみようとしても普段活字は全く読まないため何も頭に入って来ず早々に諦めた。私に漫画以外の本は厳しい。

何もすることがないなーと思いながら体育館のほうを見た。しっかりとは見えないけどボールがポンポンと飛んでいる光景が覗ける。二時間ほどずっとぼーっとしていたら黒尾先輩から「終わったけど、どこにいる?」とメッセージが来た。


「お疲れ様で〜す」

「おっ来た来た」


着替え終わった部員たちが部室からゾロゾロと出てきた。ちーっすと気怠そうに右手を上げた黒尾先輩の後ろにはいつものようにゲームをしている孤爪くんが見える。行こうぜといいながら歩き出す先輩たちに続いて私も歩き出す。孤爪くんはずっと黒尾先輩の側で歩きながらゲームをし続けている。それをぼーっと眺めていると、顔の前にニュッと影が飛び出してきた。


「うわっ、びっくりした!」

「なんかひそかさん今日おかしくないっすか?」

「おかしいって、何が?」

「何か静かで調子狂う」


変なもんでも食べたんですかー?あっトイレ我慢してるとか?というリエーフくんの肩を軽く叩く。


「失礼だな乙女に向かって!」

「あっいつものひそかさんだ」


フンとそっぽを向くと振り返った夜久パイがお前らうるせーぞと呆れた顔をする。リエーフくんのせいで私まで怒られたじゃん!と反対隣にいた虎くんに腕を絡めるとウオッといいながらカチカチに固まった。まじで面白い。想像通りの反応ありがとう。


「なんすかソレ!俺にはやってくれないのに!」

「リエーフくんは頼めばやってくれる女の子たくさんいるよきっと」

「えーやだやだ!」

「でっけぇガキかよ」


未だにカチカチと固まりながら歩いている虎くんを笑っていると「ここで倒れられても困るから、離してあげなさい」と海先輩に優しく言われる。海ママに言われたら仕方がない、離してあげよう。虎くんの腕を離してまた歩き出すと今まで黙っていた黒尾先輩がくるりと振り向き口を開いた。


「ボクが悩める乙女の相談を聞いてあげよう」

「胡散臭〜」

「なーんかポケっとしてない?」

「え〜別にそんなことは…」

「何だ館、告られでもしたか?」

「え!?!?!?」

「なーに館ちゃん当たりなの?」


黒尾先輩はニヤニヤと楽しそうに嫌な笑みを浮かべる。え、いや、あの、えーっと。なんて自分でもアホかとつっこんでしまうくらいに狼狽えてしまった。わかりやすすぎか。自分ながらに呆れてしまう。


「わ、私なんて爆モテなんだからたかが告白の一つや二つでそんな動揺するわけないじゃないっすか!」

「してんじゃねーか」


冷静に突っ込んでくる夜久パイの背中をバシッと叩くと「いてぇな!力弱ぇけど」と声が飛んできた。ニタニタとこちらを見続ける黒尾先輩は「告白だって、研磨クン知ってた?」と未だゲームをしている孤爪くんの肩をチョンチョンと突いている。


「知ってる」

「え!なんで!?」

「話してたじゃん、教室で」

「ほー、だから研磨も今日はそんなに機嫌悪いの?」

「はぁ?」

「コワ」


んな怒んなってと孤爪くんの肩に腕を回した黒尾先輩はとても楽しそうで、孤爪くんはこれでもかというほどに顔を歪めながらゲーム機をカバンにしまってイライラを隠すことなく歩き出した。


「いいじゃないですか、私のことはほっといてください。断ったし!」

「え、断ったんすかー」

「当たり前じゃん!!」

「なのに何でお前はそんな落ち込んでんだよ」


夜久パイの一言にグッと言葉に詰まる。思わず足を止めると、それに気づいたみんなも不思議そうにこちらを向いて足を止めた。


「告白してくれた人が、めちゃくちゃいい人で、なんか」

「断ったのが悪いと思った?」

「いや、違くて。ちゃんと、本気で好きでいてくれたんだなってわかったから」


好きな人に告白する。そして振られる。その辛さを想像してしまった。振った私が悪いわけではないこともわかっている。だからこそ恋愛において両思いになるということがどれだけ難しいことなのかを突きつけられた気がした。


「好きな人が自分のことも好きでいてくれるって奇跡じゃないですか」

「まァな」

「難しい話だなー」

「俺よくわかんねーっす」

「リエーフくんは乙女心をもっと学ぼうね」

「つまり、ひそかさんは研磨さんが自分を好きになってくれるの奇跡だと思ってんですか?」

「うん。………え?」

「え、違うんですか?」

「いやいやいや、え?」

「え?」

「え!?」


バッと勢いよく孤爪くんの方を向く。元から大きな目をいつもよりも見開いてびっくりした様子の孤爪くんと目があった。瞬間に、ものすごい勢いで逸らされた。とても気まずそうに。逸らされた視線は空をさ迷い右往左往している。それを冷静に、見つめられるわけがなかった。

「馬鹿!お前なんで名前出してんだよ!」とリエーフくんは夜久パイの制裁を受け芝山くんと犬岡くんに泣きついている。


「ち、ちが、これはあの、違くて!!」


パニックになりながら孤爪くんに訳もわからず言い訳を開始する。何が違うのか分からない。紛れもない事実だ。でもこんな形で、こんな所で!違くないけど違うんだよ!もう自分でも何が言いたいのか分からなくなってきた。思考回路がショート寸前だ。

そんな私たちを見ていた黒尾先輩が耐えきれなくなったとでもいうように手を叩いて笑い始める。なんでこの状況で笑ってられるの!?人の不幸を楽しむな!


「とっ、とにかく!違うんですー!」


どうしようもならなくなった私はとにかくその場から逃げたくて全力ダッシュで逃走を決めた。「あっおい送ってくって言っただろーが!止まれ!」と黒尾先輩の声が聞こえたものの、信号がちょうどよく変わってくれたおかげで私は逃げることに成功した。

……明日からどうやって孤爪くんに接しよう。




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