あのバレー部御一行とタピオカを飲みに行ったあの日から数週間が経ったとある放課後のことだった。
今日はグループみんなで放課後カラオケにでも行こうと約束をしていた。けれど日直だからと担任に雑用を押し付けられて、さっきまでせっせとノートやら資料やらを何往復も準備室まで運んでいたのだ。ちなみに少し時間がかかりそうだと言ったら、みんなはじゃあ先行ってるねと待ってくれる素振りは一切なくスタスタと行ってしまった。ギャルは情に厚いんじゃなかったのか!
せっせと1人で全てを運び終えて疲れた腕をさすりながらトイレに向かった。個室に入り疲れた〜とホッと一息ついてすぐ、トイレ内の手洗い場に何人かやってきた。
放課後だし、メイクをしにきたりだとか、直しにきたりだとか、手を洗ったりとか事情は色々あるだろう。そのグループもどうやらメイクを直しにきたようでカチャカチャとコスメを漁る音が聞こえる。問題はその音とともに聞こえた彼女達の会話だった。
「2組に館さんっているじゃん」
「あー、あのギャルグループの?」
「そうそう、あの中では比較的普通な方の」
「性格がね」
「そう、見た目だけギャル」
なんだそれは。私そんな風に周りから思われてるの?確かにいかにもギャル用語ですみたいなのは使わないけどさぁ!見た目だけギャルって何なんだ!ギャルはパッションなんだよ!
「最近バレー部とよくつるんでるよね」
「黒尾先輩とかとすごい仲良さそうにしてんじゃん」
「でも狙いは孤爪らしいよ」
「えっマジで!?孤爪と館さんって似ても似つかわなくね?」
「孤爪いじめられてんのかなぁ」
「絶対良い迷惑じゃん?遊びかな、本気だとしたら可哀想だけど100望みないじゃん」
「そうだと思う。孤爪めっちゃ嫌がってるっぽいよ」
終わった?終わった。じゃあいこー。とパタパタとトイレを出ていく音を静かに聞く。
いじめてねぇわ。確かに見た目は真逆かもしれないけど、100%望み無いとは限らないじゃん。孤爪くんが嫌がってるなんてわからないじゃん。……わからない。わからないな。えっどうしよう本当に嫌がられてたら。迷惑なのかな。
全然知らない人たちにまで私が孤爪くんのことが好きだってことバレていて、こんな風に噂にまでなってるのとか今は全部置いといてその事しか考えられない。
孤爪くんは自分も金髪なのに派手なのを嫌がる、というより目立つの嫌がる。だから最初から私たちのグループは必然的に遠ざけたがってたっていうのもわかる。それでも無理やりなおピとか絡むから、最近はずいぶん話してくれるようになってきたけど…。
グループでだけじゃなく2人の時も前よりだいぶ話せるようになってきたし、私はそれをすごく嬉しいって思ってた。けど、もしかしたら孤爪くんは嫌々なのかもしれない。そんなこと考えたことなかった。私たちがしつこいから優しい孤爪くんは付き合ってくれてるだけとかだったらどうしよう。その可能性の方がでかくね?やばい、落ち込んできたんだけど。
そんなの関係ねえよ他人が茶々いれてんじゃねー!孤爪くんが何も言ってこなくて私が孤爪くんが好きなら今はそれで良いんだよ!って思いたいけども、残念ながら恋する乙女のハートというのはそんなタフには作られていない。ガラスなのだ。殴られればすぐに粉砕する。
もしも迷惑に思われているのならやっぱり過度に絡むのはやめたほうがいいのだろうか。いやでも全く話さなくなるのは無理。それはメンタルが死んでしまう。だけどやっぱり、明日からは前みたいに孤爪くんの前では今よりは少し大人しくしよう。
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「おはよう孤爪くん」
「おはよ」
挨拶をしたら自然と返ってくる。ここまでくるのに必死だったから無視されないことに毎日感動する。孤爪くんは優しいから知らない人におはようと言われても反応を返すのかもしれないけど、言葉に詰まったり、視線だけだったり、おはようと口に出しても目が泳いでいたりするのをよく見かけたりするから。
いつもなら隙あらばとゲームが進まなくなっただとか敵を倒せただとか、昨日見たドラマが面白かっただとか話しかけるけど今日はそれをしなかった。昼休みも放課後も数回控えめに会話をして終了した。本当はもっともっと絡みたいけど孤爪くんの邪魔にはなりたくないし、私はその数回だけでも話せるだけで今は満足だ。これからは孤爪くんのこともちゃんと考えると決めたのだ。
そんな日々を繰り返して1週間が経ったある日、自販機前で黒尾先輩に会った。黒尾先輩は私を見つけるとヨォといつもの気怠げな顔で挨拶をして、そのまま横にあるベンチへと私を引っ張り無理やり座らせた。
「久しぶりだと思ったらいきなりなんすか」
「いきなりなんすかはこっちの台詞なんですけど」
「私何か黒尾先輩にしましたっけ?」
「いや何も」
相変わらず読めない先輩だなぁと思いながら買ったばかりのミルクティーを一口飲む。それを横目で見届けた先輩は一息ついてから言葉を続けた。
「最近研磨とはどーよ?」
「どうよも何も、いつも通りですよ」
「なんか変わったことは?」
「変わったこと?特にないですけど。相変わらず孤爪くんはかっこいいし」
「嫌いになったわけではないのか」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
いきなり何てことを言い出すんだろうこの人は。私が孤爪くんを好きじゃなくなるなんて今のところはありえないのに。うーんと大きな手を顎に当てて、いわゆる考えるポーズをして唸る先輩を不思議に思いながら次の言葉を待つ。
「今日の放課後は何か予定ある?」
「特にないですけど」
「じゃあ俺らが部活終わるのちょっと待っててよ。ちゃんと送っていくから」
それだけ言うとポンッと私の頭に手を置いた黒尾先輩は満足そうに腰を上げた。今日はバイトも放課後みんなとの約束も何もないからいいけど、やっぱりよく意図が分からないなぁと思いながら歩いて行ってしまう先輩の後ろ姿を見つめた。
昼休みももう終わるし私も早く戻ろうと廊下を歩いていると、タイミング良く5組から出てきた男の子に呼び止められた。
「館さん」
「えっと、なんでしょう」
「あー、その、あのさ…」
「うん?」
「放課後、ちょっと時間ないかな」
少し申し訳なさそうに、それでいて少し強引な物言いで誘ってくるこの男の子の名前は知らない。顔も今初めて見た。「放課後、屋上手前の階段の踊り場で待ってるから。良かったら来て」とだけ告げてそそくさと教室へと戻ってしまった。
そのことを教室に戻ってみんなに報告すると、「告白じゃね?」「それ以外にある?」と即答されてしまう。まぁ私ももしかしてこれは告白なんじゃないかと思っていたので「やっぱそうかなー」と呟いてため息と共に席についた。
そして放課後。挨拶が終わってすぐに駆け寄ってきたグループのみんなはこれから行くのかと茶化してくる。
「つかそいつ誰?イケメン?」
「みぃちゃんマジ顔しかみてないよなウケる」
「えー告白受けるの?ひそかも私を置いて彼氏持ちとか許せないんだけど!」
「なおピ落ち着いて」
「でもひそかだって彼氏欲しいっしょ?」
「…………まぁ」
でも好きな人じゃないと付き合わないし彼氏にもなって欲しくないけど。と続けようとすると、ガタッと大きな音がして全員で隣を向く。
「研磨部活がんばー」
「そろそろ試合の日程教えてってば」
「教えない」
「また練習見に行くからなー!」
「来なくていい」
いつものダルそうな雰囲気を三割増にしてスタスタと教室を出て行ってしまう孤爪くん。昼休みに黒尾先輩が何か言っていたのと関係があるのだろうかと心配をするけど、私には何が原因なのかも、事情も何も知らないからどうすることも出来ない。
「ひそかそろそろ行った方がいいんじゃない?」
「あー、そうだね、行ってくる」
「明日報告楽しみにしてまーす」
「本当に告白だったとしても私は断るからね?」
「えー!まぁ、研磨が好きなんだもんな」
「イチャラブしたいのは研磨だもんな!」
「そうなんだけどみんなに聞こえちゃうからボリューム落として!?」
じゃあねー!と大きく手を振る友人達に手を振り返しながら教室を後にする。
何度も言うが私には好きな人がいるし、これがもし本当に告白だとしても付き合うという選択肢はない。それでも一応私も女の子ので、これから起こるかもしれない出来事に対してドキドキはするし、悪い気はしない。途中にあるトイレに立ち寄って鏡で身なりをチェックしてしまうのくらいは許して欲しい。
ふぅと深呼吸をして指定された場所へと向かった。窓の外からは運動部の賑やかな声が響いている。
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