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チームメイトの放った一言に角名は思わず笑ってしまった。


「全然、そんなことないよ」


角名の返しに嫌味かよと笑って軽く肩を小突く。着替えを終えた角名の格好を見ながら、他のチームメイトも「でもほんとセンスいいって」と羨ましがるように言った。角名の持っている服の一つ一つも、そのコーディネートの仕方もセンスが良いと。


「俺には専属のコーディネーターが常についてるから」


そう言って部室を出た角名に、チームメイトは首を傾げる。常に、って、どこに。角名の所属するバレー部は一部のいわゆる強豪校である。推薦でやってきた選ばれた猛者たちが集う場所。強制的に寮生活となるため、常に共にいるのは同じ部活に所属している自分と、同じ建物を使っているバスケ部員のみである。

チームメイトたちにさらなる疑問を与えた角名本人は、部室を出て一人になった途端にスマホを開いた。出会った頃はメールでやりとりをしていたが、今はすっかりLINEとなった。ナマエとのトーク画面に『俺服のセンスあるんだって』と短い文章を打ち込み送信する。

しばらくして向こうも手が空いたのか、『だから倫太郎はセンスあるんだって』とナマエからの返事が届いた。巷で流行りの妖怪ウォッチのスタンプと共に、『ずっと前から言ってるでしょ』と追加の文章も届く。

角名はそれには返信せずにトーク画面を閉じた。電車が目的の駅に到着し、人々が押し争うように降りるのに流されるようにして改札を目指す。東京は人が多い。兵庫もよく利用していた大阪の駅も利用者は多かったが、それにしても比べ物にならない人の数だ。


「お待たせ」

「倫太郎!お疲れ様。今日いつもより人すごくてちゃんと見つけられるか心配した」


ナマエはそう言いながら角名の手を取り隣に並んだ。お互いに新生活にも慣れてきた六月の、梅雨が始まる少し前。蒸し暑さが増してきて、この時間帯でももう上着は必要なくなった。

都内の小さなワンルーム。しかし学生の一人暮らしにすればいささか良い物件であると言える。ナマエの部屋に角名が訪れるのは何度目だろうか。まだ越してきて二ヶ月と少しだが、高校生の頃と同じく角名は寮生活であるため、こうしてナマエの部屋に訪れることが必然的に多くなる。

勝手知ったるという様子で、部屋の空気を入れ替えるナマエの代わりに角名が買ってきた弁当をレンジにかけた。いつもは簡単に自炊をするのだが、お互い疲れているので今日くらいは良いだろうと最寄り駅の惣菜屋に寄ってきたのだ。

そして深夜二十三時。普段ならばこの時間には角名は部屋を出ていかなければならないが、今日は外泊届を出してある。久しぶりにくつろぎながら角名はナマエをゆるりと後ろから抱きしめた。


「……落ち着く」

「倫太郎、そんなに疲れてるの?」


明日までの課題をこなしていたナマエがタイミングよくそれを終え顔を上げた。無理やり首を後ろに回し角名の方を向いてみれば、肩に顔を埋めた角名と至近距離で目があう。そのまま自然な流れで軽いキスをされ、そして再度しっかりと抱きしめられた。すっぽりと角名の腕の中に収まったナマエは、首を倒し角名の腕に体重を預ける。角名はそんなナマエを支えるようにしてベッドの淵へと寄りかかった。


「ずっとここにいたい……帰りたくねぇ」

「珍しく弱ってんね」

「相部屋ほんと無理」


高校生の時は人数の関係で運よく相部屋を逃れていたが、大学はそう上手くはいかなかった。学年が上がれば空いた個室に移動できるのだが、流石に一年生のうちは厳しい。同室の仲間のことは嫌いではないし、うるさくもなく、比較的過ごしやすいので他のやつじゃなくてラッキーだとは今でも思っている。が、それでも自分の生活に常に他人がいるということに僅かなストレスが日々蓄積してくる。


「でもここにいても私と相部屋だよ?」

「ナマエはストレスになんないでしょ」


安心しきったようにため息を吐いた角名は、そのままナマエを抱き抱えるようにして立ち上がった。突然の浮遊感にナマエは驚きの声をあげるが、角名はそれを気にはしない。倒れ込むように、しかし優しくナマエをベッドへと下ろし、角名もその横に寝転がった。


「さっきもラインしたけど、俺今日褒められた」

「今日の倫太郎のコーデ良かったから、さっき倫太郎がお風呂入ってる間に忘れないようにノートに描かせてもらっちゃった」

「マジ?」

「マジ」


ここには二人しか居ないのに、布団に潜り込み隠れるようにコソコソと話し込む。この時間が気に入っている。

ナマエは角名の瞳をまっすぐに見つめながら、「倫太郎がバレーしてなかったら、こっちの業界一緒に目指そうって誘いたいくらいだよ」と真剣な表情で言う。角名はそれは大袈裟すぎると笑いながら、ナマエの額に自身のそこをくっつけた。


「言ってるでしょ、いつも俺の頭の中でナマエが選んでくれるんだって。だから、俺はナマエが選んだ服を着てるだけ」

「倫太郎の頭の中で作り出した私が選んでるとしても、やっぱそれは選んでるの倫太郎じゃん?実際の私は何も言ってないもん」

「俺だけじゃ無理無理」

「でもさー」

「だから服とか褒められるとナマエが褒められてるみたいで嬉しくなるって話」


ちゅ、と可愛らしい音を立てて、ナマエの反論を阻止するようにキスをした角名に、ナマエは目を丸くして驚いたような表情をした。角名の首元に腕を回す。甘えるようにぎゅっとしがみついた。もう付き合って三年が経過している。なのにいつまでもこの胸の高まりを新鮮に感じられる。

疲れている体から力が抜けて、どんどん軽くなっていく。角名はずっとここに居たいと言っていたが、ナマエも同じ気持ちだった。倫太郎がいるから、難しい課題をこなすことも、経験のない製作に取り組むことも、新たな知識を大量に覚えなければならないことも全て乗り越えられる。頑張って頑張って、追い詰められそうにもなって、キャパオーバーでパンクしそうになったとしても、倫太郎がこうして優しく抱きしめてくれて、ゆっくりとしたテンポで変わらないままでいてくれるから、私もちゃんと自分を見失わずにいれるんだ。

お互いの心音が重なるような居心地の良さに、角名もナマエもゆっくりと目を閉じた。そのまま唇も重ね合って、二人の全てが一つになる。
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