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あっという間だったなぁという、寂しさを含んだナマエの声に角名は顔を上げた。手にした卒業証書を掲げて、まだ肌寒い風にスカートと髪を揺らされている。その姿に儚さを感じ、角名は取り出したスマホで一枚の写真を撮った。

春。ナマエと角名にとっての特別な三年間を過ごしたこの学校を卒業する。フラフラと近づいてきたナマエが、ぽすんと音を立てるように角名に体を預けた。しっかりと抱き留めた角名はそのままナマエの背中へと腕を回す。

風が、冷たい。指先が悴むほどではないが、桜はまだ蕾すらもつけてはおらず、門出を祝うために下級生がつけてくれた胸元の花だけが密やかに咲いていた。

ナマエは春から以前より行きたいと願っていた専門学校へと無事進学を決めた。角名はバレーボールで推薦の声がかかった大学へ進む予定だ。バラバラになる。とはいえ、角名もナマエも運良くお互い東京に行くことになる。学校が違うだけで遠距離とはならないのが救いだろう。


「毎日会えなくなっちゃうのは寂しいね」

「まぁね」

「そういえば私たちせっかく兵庫にいるのに三年間一回も二人ではユニバ行かなかったね。なんかもったいないな」

「どうせどっかのタイミングでまた関西にはくるでしょ」

「じゃあその時行こう。七月からハリポタエリアも新しく出来るし」


元気良く角名の方に顔を向けたナマエに、「絶対混むじゃん」と角名が返して隣へと並ぶ。

地元でもなんでもない、ただスカウトされて訪れた土地だった。三年間住んだからといって特別な思い入れも特にない。そんなことを考えながらも、なんとなくここを出る事を少し惜しいを思ってしまっている自分がいることに、角名は僅かに戸惑っていた。

ここにはあらゆる日常と想いが詰まっている。バレーへ打ち込む姿勢と努力を再確認した場所だ。中学生の時、ここに進学を決めた時点では大学でもバレーをしようなんて考えもしていなかった。バレーを辞めようとも思ってはいなかったが、それでも続けるかと聞かれて即答できることも決してなかった。できれば続けられればいいな、くらいにしか思っていなかった進路を、続けようと自然に思えたのはここにきたからだと思う。馬鹿みたいにバレーが好きな奴らに毎日うざったいくらいに囲まれて、煩わしいくらいにそれが普通だと思わせられていた。誰もが楽しむことや努力することを当たり前にやってのけるから、自分でもそれが普通になる。似合わないくらいに。

そしてナマエがいたから。自分の目標をしっかり持って、今の自分には何ができるかを常に考え将来に投資している。

バレー部のみんなも、ナマエも、誰も強制しなかった。無理強いはしないくせに、こっちまでやらなくちゃという気持ちに自然にさせられるのだ。この環境に三年間も身を置けたことは、自分にとってはかなりプラスの出来事だったのではないかと角名は思う。絶対に、誰にも言わないけれど。


「とりあえず近いし、偏差値的にも私に合ってるからって稲荷崎選んだけど、ここにきて本当に良かった」

「うん」

「倫太郎に会えたのは、私にとってすごくプラスの出来事だもん」


嘘偽りなく、自分の本心を包み隠さず、恥ずかしがることもせずにナマエはそう言ってみせた。心の底から嬉しそうな華やかな笑顔で。

自分が思っていることと同じことを他人が思っていると知れるのは嬉しいことだ。そしてそれが好きな人であれば尚更。

いつだったか、治が「お前たちなんか似てるよな」なんてことを言ってきたことがあった。顔も何もかも似てないだろと角名は思ったけれど、今ならそれが少しわかるような気がした。息を吐くような微笑み方、好みや笑いのツボ、話す時の間の取り方。ほんの些細な仕草やたまに見せる表情が、お互いに少しずつ似てきたと思う。

それに考え方も、少しずつ似てきた気がする。良い方向に。以前の自分では考えなかったこと、素直になれなかったはずのことも考えられる。しかしそこはもしかしたら、最初から似ていたのかもしれない。どっちに引っ張られるでもなくて、どっちに偏るでもなくて、似ているから惹かれ合ったのだ。二人が気がついていなかった根本的な部分が。

角名がナマエの頬に片手を添えた。風に冷やされてはいるがほんのりと温かい。そっと指先で撫でると、ナマエは気持ちが良さそうに目を閉じ微笑んだ。角名も口角をあげる。この季節にふさわしいような柔らかな笑みだ。

服のことは全くわからないと思っていた角名だが、最近は少しだけ興味が出てきていた。特別なこだわりがあったり、趣味にするほど好きなわけではないが、それでも関心がないわけではなくなった。ナマエも、バレーボールのことは何一つとしてわからなかったが、角名の試合を見ていく中で面白さを理解できた。

関わることでお互いの世界が広がっていく。それが出来る人に出会えたことを嬉しく思うのだと、角名は思った。

目に見えない部分は似てきたのではなく元々似ていて、目に見える部分が少しずつ似てきた。共感できることが増えた。同じ時間を生きながら同じものに触れて、違うことを考えながらお互いのことを思い浮かべられる。


「ナマエはさ、これからどうするの」


優しい口調で角名が言った。分かりきった答えを聞くために。


「これからたくさんたくさん新しいことを学んで、夢に近づけるようにするの」


ナマエが卒業証書を持たない方の手を角名の頬に添える。ナマエの回答に満足げに頷いた角名が、少し背伸びをしたナマエに「俺も」と小さくつぶやいた後、口付けを落とした。

誓いのキスだ。定めた目標を見失わず、この先もこうして二人で歩いていくための。
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