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「やられたらやり返す!倍返しだ!」

「それ言えば良いと思ってんでしょ」


クラスメイトもテレビもそのワードで持ちきりである。あいにく角名はネットで話題になるジャンルやトピックは押さえていても、ドラマや音楽の世間の流行にはそこまで詳しくない。もちろんナマエが放った台詞で大人気のそのドラマも、本編は見てはいないためあらすじ程度しか知らなかった。

しかし角名と一緒にいるナマエはすぐにこういう流行りに乗っかっていくので、ナマエのせいで無駄に角名もしっかりとトレンドだけは押さえている。

若干馬鹿にしたような角名の言い方に口を尖らせながらも、ナマエが「まぁ確かに誰にもやられてないしね。強いて言うならこれが良いと思えない自分にやられてるかな?」と言いながら笑った。

今日もナマエのノートにはたくさんのデザインが並んでいる。が、それらの横には大きなバツ印も添えられていた。考えても考えてもしっくりくるデザインが思いつかないと数日間嘆いているナマエだが、しかし落ち込む様子もめげる様子も見られなかった。ここ最近で彼女が一番衝撃を受け悲しむ様子を見せたのは、宮崎駿監督の引退宣言のみである。

平日の放課後オフの日に、梅田の映画館でまだロングラン上映しているからと、監督の宣言を聞いたナマエに無理矢理角名が引っ張られていった時は、また容易く踊らされてるなと呆れ笑った。しかし、こういう時にしっかりと友達ではなく自分を選んでくれることを嬉しく思いながら、角名もなんやかんやで楽しんでいた。


「よく挫けずいれるね」

「倫太郎だって、負けた後でもまだまだーって練習するでしょ?」

「そうだけど、そういうもん?」

「そういうもんだよ」


放課後の、部活が始まる前の僅かしかないこの時間。結局三年間一度もクラスが同じになることがなかった二人は、昼休みやこのような隙間時間を共有することしかできない。しかしそれでも飽きもせず、冷めもせず、お互いに日々気持ちを募らせ続け満足できているのは、お互いがお互いのことを刺激しあってしっかりと向き合えているからだろう。


「服作りもデザインも、やればやるだけ力になる。アイデアを出そうとしてもいきなり良いものは飛び出てこないから、アイデアを出す練習が必要じゃない?バレーもそうだと思うんだけど」

「確かに何も練習してないものをいきなり成功させようったって、ほとんどの場合無理」


たまに侑や治みたいな無茶なやつはいるけど。あの時の春高の速攻とか。角名はそう思っても口には出さなかった。ここで言うことではないし、ナマエの言うことの方が共感できるからだ。


「倫太郎も毎日頑張ってるし、私も進学する前から出来るだけこうやって考えるのに慣れておかないとね」

「……そういうこと言われると、俺も頑張るしかなくなるんだけど」

「でも倫太郎は言わなくても頑張るでしょ?」

「だから……あーわかったわかった。今日も頑張ってくるよ」


さも当たり前のように自分がしていることを肯定されると、気恥ずかしさからついこうして言い返したくなる。だがナマエはそれでもお構いなしに言葉を続けるので、角名も認めるしかなくなるのだ。自身が努力していることは、ほぼ無意識のうちに行っていることではあるが、確かな事実である。

またねと大きく笑いながら手を振るナマエに小さく手を振り返した。頑張ってねと言われないのは、何も言わずとも角名が自らこれから頑張りに行くことをわかっているからなのだろう。その自身に対しての絶対的な努力への信頼を、息苦しくなく、むしろ心地が良いと心のどこかで感じてしまっているからまたそれも厄介だなんて思いながら、誰にもバレないように角名は一人表情を緩めた。





冬だ。吐く息は白く、指の先はジンジンと悴むように痛い。新しく下ろしたマフラーに顔を埋めながら、ホームのベンチに腰を下ろし、隣に座る角名の高い位置にある肩に頭を預けた。

恋人たちの冬といえばクリスマスが定番だが、角名は当日も前日もしっかりと部活の予定が入っている。角名にとって最後の春高も近い。なので近くにある放課後のオフの日に、少し足を伸ばしてクリスマスマーケットに行くことにした。

制服の上にコートを羽織らないと流石に体が冷えてしまう。しかし、そうするとお互いの衣類の分厚さでなかなか体温が伝わらない。それがなんだかもどかしくて、ナマエが角名の手を取り自身の膝の上へと引き寄せた。


「冷たすぎない?」


驚いたようなその声にナマエが笑った。何かを思い出したように角名が「そうだ」と言って、空いたもう片方の手で慣れたようにスマホを弄る。


「これ、どっちが良いと思う?」

「……こっちかなぁ」

「俺もそっちかなって思ってた」


聞いてきたにもかかわらずそう言った角名に、ナマエが不思議そうに首を傾げる。ナマエの言いたいことがわかったのか、角名は「だって」と言って顔を近づけた。


「ナマエの方がセンスあるから、ナマエの意見参考にしたいじゃん」

「えー?倫太郎もあるよ」

「俺はナマエならどっちを選ぶかなっていつも考えるようにしてるだけ。だから俺じゃなくてナマエがセンスあるんだよ」

「…………」

「え、なに」

「ちょっと、いやだいぶ照れた」


キュッと寄り掛かる力を強くして、角名のマフラーにナマエが顔を埋める。嬉しいなぁと、ナマエは思った。照れた理由は自身のセンスを褒められたことではない。

これが欲しいと思うことはほとんどの場合が自分のためのものだ。実際に角名も自分が着る服を選んでいる。それなのに、そういう時にも角名がナマエのことを思い浮かべているのだと思うと、たまらなく嬉しくなる。言い方的に今回だけではなく過去にもそのようにして決めてくれたことがあるのだろう。


「りんたろー」

「なに」

「好き」


甘えるようなナマエの言い方に、角名がハハッと声を上げて笑った。電車が到着するまで後三分ほどある。握りしめた手のひらは温かさを増して、雪のように白い肌を柔らかなピンクへと変えた。
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