此処が永遠の始まり


多分、七日が経った。

多分、とは一体どういうことだと思われるだろうが、時計も何もかもが動かず更新されず止まった状態で、太陽が登り、そして落ち、月が顔を覗かせるのを七回繰り返したから、多分、七日が経った。

つまり角名が違和感に気がついたのは、今からおよそ一週間前の七月二十三日のことである。その日は珍しく部活がオフで、放課後は寮に直帰してぐだぐだと過ごしていた。

毎日毎日バレーボールに明け暮れる生活も悪くはないが、こうして何もせずにボーッと過ごす時間も角名にとっては至福の時なのだ。このままずっと、何もしなくても良い日が続けばいいのに。日々に文句はなくともこう考えてしまうのは人間仕方のないことだ。そしてそのまま目を閉じた。昼寝と言っては少々遅い時刻だが、まだ太陽が沈みきっていないこの時間に眠ることができるのは、やはり幸せなことだと思う。

目を覚ますともうすでに日は完全に暮れてしまっていた。眠り過ぎて少し頭も痛い。フラフラとする視界と鈍い思考回路のまま手に取ったスマホの画面には午後七時とある。

なんだ、意外にもまだそんなに時間は経っていないじゃないか。角名はそう思いながらもう一度横になった。

今食堂に行かなくては夕飯を逃すかもしれないが、どうにも体がだるい。もう一眠りしたら、いや、あと三十分くらいスマホでもいじってそれから向かえばいいか。角名はそう考え、もはや日課でもあるSNSのチェックに勤しむことにした。

何度スクロールしても更新されないタイムラインに違和感を覚えた。ある一定の時間以降、何も表示されない。フォローしている人数はそれなりに多いはずだから、この時間に誰一人として数分間更新がないなんてことはほぼあり得ないだろう。バグかなにかかと検索をしてみても、角名と同じ現象に陥っている人は誰もいなさそうだ。

電波か何かの関係だろうかとため息を吐きながら、仕方がないのでそろそろ食堂へ向かおうと重い腰を上げた。確認したスマホのホーム左上に表示される時刻は、午後七時であった。

誰もいない廊下。時間やタイミングによっては人が見当たらないのはさほど珍しいことでもないが、何の物音もしないのはどこか奇妙である。真夜中でもない限り男子寮なんて大概何かしらの物音がする。それも食事の時間なら尚更。

開いた扉の向こうの光景に、角名は思わず「うわっ」と短い声を発し、そして片手に持ったスマホを滑らせ床に落とした。ガシャっと画面が割れた可能性もあるほどの大きな音が響く。酷く静かな空間に、その音だけがこだました。


「……どういうことだよ、これ」


自分自身でも聞いたことがない絶望にも似た声色だった。信じられないことに、そこには映画やアニメのように動きをぴたりと止めた人達が佇んでいたのだ。

瞬間冷却でもされたかのようにその直前までの動作のまま止まっている。カレーをスプーンで掬って食べようと口元まで持っていったまま。隣のやつに話しかけようと口を開いたまま。頷きながら視線でしっかりと話し出そうとする相手を見つめたまま。奥には鍋の中身を確認している食堂のおばちゃんの姿もある。

ドッキリにしては少し大掛かり過ぎやしないだろうか。寝転がっているならまだしも、起き上がった状態、しかも突っ立ったままではなく動作の途中で、ここまでしっかりと動きを止め続けることは安易ではないだろう。

馬鹿馬鹿しい。夢でも見ているのだろうか。角名は未だクラクラとする頭を片手で押さえながら、画面の片隅に少しヒビが入ってしまったスマホを持ち上げた。

画面に表示された時刻は、午後七時だった。


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外に出てもどこに行っても全ての人々が動きを止め、公園の時計も駅の電光掲示板も全て午後七時を示している。

寝起きでそこまで頭が回っていなかったが、よく考えれば夏休み直前の今の時期の十九時なんてそこまで暗くはないだろう。つまり角名が起きた時点で既に夜は深まっていた。目が覚めてから体感的にもう三時間ほどが経っている。今が何時かはわからない。深夜であることは確かだ。あとどのくらいで朝日は登るのだろうか。

誰もいない、いや、正確には大勢の人がいるけれど、物音一つしない誰も動かない街の中を角名はひたすら彷徨っていた。

こんな話があるかよ。信じるとか信じないとかの問題じゃない。目の前の全ての人が確実に止まっている。自分以外。でも風は吹いているし、確実に月はゆっくりと位置を変え、星は瞬き続けている。夢の中にいるのかと思っていたけど、頬を思い切り叩けば思わず声が漏れるほどに痛い。

混乱する脳内をどうにか落ち着かせようと必死になりながら、角名は「まじかよ」と小さく呟いた。その声は静寂の世界にはとても良く響いた。駅の近くには人がたくさんいるのに、自分の声以外は風の音以外何も聞こえることはなかった。

訳がわからない。ただ一つ確かなことは、見渡せる限り、把握できる限りの全ての人や物の時間が止まってしまった世界で、ただ一人角名だけが取り残されてしまった形で自由でいられているということだ。




 

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