其処は御伽噺の入口


――満月の夜には不思議な現象が起こるって聞いたことなぁい?


「うーん?」


――離れた場所にいる運命の人と同時に満月を目に入れた時、あなたと誰かを引き寄せるために不思議な力が働いてくれるって言い伝えよ。


「ふしぎな力?」


――そう。あなたにもその機会がもしかしたら訪れるかもね。


「おばあちゃんにはきた?」


――さぁ、どうだと思う?



- 天満月奇譚 -




でっけぇ月。

角名は心の中で思わずそうつぶやいた。窓の外には大きな大きな満月が浮かんでいる。周りの星々とは圧倒的な差をつけ光り輝くそれに思わずスマホを掲げた。

午前三時十五分。いつもなら確実にぐっすりと眠っている時間だ。もちろんさっきまでは角名も普段通り眠りについていた。

毎日のように練習があり強豪で有名な稲荷崎男子バレーボール部だが、さすがに僅かながらも休みはある。明日の放課後がそれに当たる日だ。角名は比較的夜行性と言われる類の人種ではあるが、さすがにこの時間までは起きてはいない。強豪部に所属する立派な選手である。学生とはいえど、最低限の体調管理はきちんと行なっていた。

変な、夢を見た。その内容も特に覚えてないけど。体が宙に浮くような変な感覚。思わず目を覚ましてしまった。

心なしか頭が痛いのは短時間で目が覚めてしまったからだろうか。角名はもう一度スマホで時間を確認し、再び横になった。開いたフォルダには先ほど撮った青白く大きな月の写真がしっかりと存在している。写真で見ても、生の迫力には劣るもののやはり存在感が強い。

ゆっくりと覚醒しつつある脳に待ったをかけて角名はもう一度目を瞑った。無理矢理にでもここで寝ておかないと、下手したらだらだらと起き続けてしまう。角名はそこまで真面目な生徒というわけではないが、特別不真面目というわけでもない。このまま眠れなかったら確実に日中の授業は悲惨なことになるのは目に見えている。授業中に寝たことがないなんてことはなく、むしろ割と頻繁に寝てしまってはいる方だが、それでも避けられるものなら避けたいというものだ。

明日の放課後は何をしよう。疲れてるし、どこにも行かずに眠るか。暑いから下手に動きたくもないし。

朦朧としてきた思考回路でそんなことを考える。重力で引き寄せられるように意識が遠退いた。優しく包まれるように再び角名が眠りに落ちた時、窓の外では眩く大きな月が薄い雲に覆われその輝きを僅かに鈍らせていた。

七月二十三日、まだ、夜は明けない。




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