在り来りに決別


この現象の意味とか原因なんてわかるはずもないが、こうなってしまったからには、この一人きりの時間を謳歌するしかないと角名はひたすら寝て過ごした。

好きな時に寝て、起きて、そして腹が減ったら飯を食べる。あいにく電気やらガスは止まっていなかったから、寮の冷蔵庫に入っている食品は自由に使うことができたし、おばちゃんが覗きこんでいた鍋に入っていた残りのカレーも保存しておいたのでそれを食べることもできた。

意味不明な環境に身を置いてはいるが、不思議と恐怖はなかった。その辺りの肝の座り方はさすが角名倫太郎といったところである。

急に時間が動きだしたらカレーがなくておばちゃんびっくりするだろうな。というかこのままずっと時間が止まったままだったら俺はどうすれば良いわけ。そんなことを考えながら、多分このくらいが日付が変わるくらいの時間だろうと目星をつけ今日も角名は適当に眠りについた。昼間もあんだけ寝たのにまだ寝れんのかよ。なんて、自分でもどこから湧いてくるのかわからない余裕を持ちながら。

そして時は過ぎ、四日目はやっと再び街に出た。蒸し暑い空気と日差しはとても億劫だが、たったの三日で室内に籠ることに飽きが来てしまったのだ。

これには角名自身も驚いた。何日間でも絶対家の中で過ごせるし、何もせずとも楽しめてしまうと思っていたからだ。しかし、ネットで何かを検索することはできるものの、更新されることのないSNSをひたすら眺めることは面白みに欠けた。行きたい場所もやりたいことも特に思いつかないが、なんとなく街中に出て、それでも部屋の中と変わらず無駄な時間だと思える時を過ごした。

一人でいることは苦ではない。誰かと過ごしていないと寂しさを感じてしまうなんて、そんな可愛らしい性格とは生憎かけ離れている。けれど、なんとなく、寂しさとも違う虚しさがじわじわと溢れ出てくるのを角名はどこかで感じ取っていた。

もしも全ての人が跡形もなく消え失せていたとしたらもう少し楽だったのかもしれない。本格的に一人きりだと絶望感は増すのかもしれないが。想像でしかないけれど。

食堂では今日もおばちゃんは鍋を確認しているし、隣のやつに話しかけようとしたままあいつは口を開けている。街には仕事帰りのサラリーマンや友達と並んで歩く学生が溢れていた。学校に行けば遅くまで活動している部活の部室にはまだまだ人がいる。しかし休みだったためバレー部の部屋は空だ。教室にはもう下校時刻を当に過ぎているというのに一部のクラスメイトが残っていた。いつもあんなに騒がしいのに、誰一人として、瞬き一つしないまま。

どこに行ったって人はいるのだ。そこから一歩も動かないだけで。

それが精神的に降り積もってくる。わかりやすく襲いかかってくるのではなく、粉雪のように薄く優しく、ジワジワと。気がつかないうちに自身を侵食してくるのだ。

目の前に立っても視線が合わない、声をかけても返事もなく、もちろん話しかけられることもない。昨日まで声をかけてくれたおばちゃん、仲が良いと言えるほど交流はないが、すれ違えば挨拶程度はしていた同じ寮を使う同級生。全く知らない街中の全てが、自分を置いて動きを止めてしまっている。

それでも見て見ぬふりをして過ごしていかなければならない。説明のつかない孤独な現状を、ただ一人自由が許されている人間として。

そして冒頭に戻る。動かないことは分かっていても、染み付いた癖というのはなかなか抜けなかった。今何時だとスマホを起動してみては、十九時で止まったそれを目に入れ、そうだった見ても意味ないんだったとため息をつく。数え間違えていなければ七月三十日。今日で多分一週間が経つ。

灼熱の地獄のような強烈な日差しが照りつける中、誰もが日陰に隠れようともせずにその場で留まっている。夜七時だと太陽は落ちているから誰も日傘なんてさしていないし、仕方がないけどなんだかそこは不憫にも思えた。

動けるようになっても日焼けで大変なんだろうな。一体どのくらい変化するか観察してやろう。角名はスマホを目の前に掲げた。そして、カメラを起動する。カシャっと軽快な音を立て撮られた写真には、どこか違和感のある人々がしっかりと記録されていた。


「意味なんてないけど」


SNSを開いた。話す相手がいないから仕方がないが、何だかこの数日間で独り言が多くなってしまった気がする。意味のないことだと分かっていながらも、『俺以外の時間止まったっぽい』と、そんな、馬鹿馬鹿しい文章を添えてその写真を投稿する。久々に更新されたタイムラインに角名の投稿したそれが現れた。

エラーになるかと思いきやちゃんと送れたじゃん。あれ、今十六時十三分なんだ。投稿時刻だけはちゃんと進むの?意味わかんねー。

そこにはしっかりと今日の日付と今の時間が表示されていた。どうやら誰も動かす人物がいないからタイムラインが止まってしまっていただけで、投稿すればしっかりと更新はされるらしい。そのSNSは時間の縛りに囚われていないなんて、それもまた不思議な話だ。

それから一時間、二時間経っても、当たり前だがコメントどころかいいねの一つも来なかった。タイムラインも動くことなく、角名が投稿したどこか違和感のある街の写真がトップに表示され続けていた。




 

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