The first duty of love is to listen.

話がある。と、そう連絡が来たのは昨夜のことだ。それに返信をするより先に古森に連絡をした。焦りすぎて電話で。笑いながら「大丈夫だって」と私を落ち着かせるように声をかける。その言葉を信じてゆっくりと深呼吸した。角名の話ちゃんと聞いてやってと、そう言った彼はなんだかいつも以上に優しかった。

言われるまでもなく角名の話を聞くつもりだ。それがどんな内容でも。自分からあんな風に角名に言ったからにはそれなりに覚悟はしている。

いつもと同じ道を歩き、カードキーをかざして、エントランスの扉を潜り手慣れた手つきで乗り込んだエレベーターのボタンを押した。だいぶ暖かくなったこの季節。夜にならない限り上着の心配はしなくていい。いつもは暗い空も今は太陽が昇っている。こんな時間にここにくるのはなんだか久しぶりのことな気がした。


「いらっしゃい」


インターホンを押して出てきた人物は私のことを優しく招き入れた。前を歩く背中を追いかける。いつもと変わらないその姿になんだか肩の力が抜けた。ゆっくりを意識した呼吸を悟られないように部屋へと足を踏み入れて、ソファに腰掛けた彼の目の前へと立った。

静かに私に合わせられた視線に背筋が伸びる。睨まれているわけではないのに体が石になったようにピシリと動かなくなった。覚悟は決めてきた。彼の話を聞いて、できる限り寄り添っていきたい。彼が私を否定してもしなくても、私の気持ちも彼の気持ちも知りたいし知ってもらいたい。もう一度心の中で再確認をしてゆっくりと口を動かす。しかし私が発するよりも先に角名が言葉を音にした。静かな部屋に静かな声が響く。ひんやりと冷たくて、体の真ん中に空いた穴に風が吹くように緊張で心臓がスゥッとした。


「もう一回聞かせて、ナマエの気持ち」

「…………私は、角名が好きだよ」


フッと眉を下げて困ったように優しく微笑んだ彼に胸がざわざわとした。唇を噛み締めた私の様子を見た角名が長い腕を伸ばして私の頬に触れる。低い温度の指先が私のそこを温めた。不思議な感覚だ。角名は、いつも冷たくて温かい。


「俺はね、やっぱり何回考えてもナマエのこと好きだとは思えないな」

「……そっか」


角名が出した気持ちがそれならもうこれ以上は仕方がない。俯いた私の頬が少しだけ震えたことに気が付いたらしい角名が「こっち、ちゃんと見て」と指先に僅かな力を込める。



「俺はさ、人の恋心を信じられないんだよ。その話は前にしたことあるでしょ?」

「うん」

「でも、信じてみたいとは思う」

「……私の気持ちは信じたいと思える?」


フッと音もなく笑った。角名は、いつも肝心なことを口にしない。


「私はね、角名に信じてもらえなくたって、角名が私のことを好きにはならなくたって、いいよ。もちろん信じて欲しいし好きにはなって欲しいし、こんなこと言いながら落ち込んだり虚しくなったりすることもあるよ。でも、私はやっぱり角名がどういう考えでいようが角名のことが好きだな」


ジッと黙ったまま私のことを見下ろす角名の頬に手を添える。彼が動かないのをいいことにもう一度口を開いた。好きなんて言葉は使わなくていいと思ってる。だけど、私は角名に自分の気持ちを伝えたいのだ。離れてしまってこの声が届かなくなる前に。


「私は角名と過ごすこの時間が気に入ってる。手放したくないと思う。離れるのは寂しいし悲しい。自分勝手かもしれないけど、角名がどうとかは置いといて、私がそう思うの」

「…………」

「角名は?」


ゆっくりと唇を動かした。それでも彼のそこからなかなか音は発せられない。静寂がこの空間を包む。少しだけ角名の瞳が揺れた。いつも余裕そうな笑い方をするくせに、今の角名からは不安がる子供のような動揺を感じる。


「私のことは考えなくていいから、角名は自分のことを考えて。例えばバレーをしてる時、角名はバレーの気持ち考えたことある?」

「そんなこと考えないだろ」

「うん。でも角名はバレーをしてる自分のことを考えながら、自分で選んで、追いかけてきて、今もこうして打ち込んでるでしょ」

「……今この場で話すには対象が違いすぎない?」


眉を顰めた角名は、少しした後「でも古森もそんなこと言ってた」なんて頭を抱えながら俯いた。対象なんてなんでもいい。私でも、バレーボールでも、他の何かでも良い。角名が心を動かしている何かであれば。でも、きっと今まで角名の感情を一番動かしてきたのは確実にバレーボールだから、だからもっとしっかり自分の感情に向き合うためにバレーのことを考えてほしい。


「ねぇ、角名はなんでバレーボールを続けてるの」


やるべきことで、やりたいことだと彼は言った。どうしてやるのか、どうしてやりたいのか、それを突き詰めていったその先に角名の感情の答えがある。その自分の感情に気づいた時、それが角名の人との、何かへの関わり方を大きく変えてくれる一歩になると私は思う。
-19-
prev next
- ナノ -