We forge the chains we wear in life.

角名はなんでバレーボールを続けてるの。

ナマエのその言葉に動きを止める。「恋だとは思わなくてもいいから、バレーボールみたいにミョウジのこと考えてやって」。そう言った古森の言葉が頭の中で再生された。二人して、何を言っているんだと思う。でもここで何言ってんだって考えることを拒否してしまったらきっと何も進まない。俺は自分自身の感情を悟るのが多分苦手だ。そんなことないと思ってきたけど、二人と話してると自然とそう思えるようになった。


「俺は」


バレーは特に好きではなかった。でもこう言うと少し語弊がある。嫌いではなくて、でも好きだとも思ったことがない。そもそも好きという感覚がわからないからそういう意識をしたことがないだけなのかもしれないけど。

たまたま始めたその球技をこんなにも長く続けられているのは、ここまで打ち込めるものとそれまでの人生の中で出会えてなかったからだ。本腰入れて何かに取り組んだことがそれまでなかったから、ちょっといつもはしない努力を重ねてやれば新しい何かが出来るようになるというその感覚は経験したことがなくて気持ちよかった。練習は嫌になることもたくさんあったけど、出来ないことが出来るようになるのは楽しかったし、相手を打ち負かすことにも快感を感じていた。

それを繰り返していったら自然とそれなりの実績を残していた。中学もそこそこの結果を残せて、気がつけば強豪校からの推薦も来ていて、どうするか悩みながらももっと面白い環境でバレーが出来るならとわざわざ親元を離れて兵庫まで行った。

高校を卒業するときも特にやりたいことは他に思い浮かばなかった。バレーだけをしてきたから他のことに打ち込んだ事が気がつけばなかっただけだ。治みたいに他に明確な何かがあれば俺も違った進路の選択肢も考えたかもしれない。バレーをやめて他のことをわざわざ一から始めるなら、またここよりもさらに面白そうな舞台でこのまま競技が出来るのであれば続けていきたい。嬉しいことに俺にはそこに進む切符もあった。与えられたそれにそのまま乗り込んだだけ。プロになろうという明確な意思も目標も特になかった。ただ、その道に進んだ方が今よりも面白いんだろうなと思えた。

こんなことをごちゃごちゃと考えてるけど、飾らずに自分の気持ちを言葉にするなら、バレーをすることはただひたすらに楽しい。

もちろんいつもいつも良いことばかりじゃない。勝負の世界だ。勝ちがあれば負けもある。しっかりと順位は決まる。自分の立ち位置が学生時代よりもより明確にシビアになっていく。どんなに頑張ったって上には上がいて、どんなに極めたってすぐに追いつかれるから慢心なんかしてられない。全力で取り組んでいてもどうしても壁や困難にぶつかることはある。意識していても怪我の危険は常に隣り合わせだ。練習は楽なものではない。体力も精神も削って、もうだめだなんて思うこともしょっちゅう。常に上を向いていられる人物なんて数少ない。いろんなものに打ちのめされながら、それでもその場所から離れられない理由を探してはそれを追いかけここまできた。

胸が熱くなる瞬間、相手の悔しそうな顔、綺麗に決まった時の爽快感、シーソーゲームの末に掴む一勝。いつだって苦しいのその先にそれら全てを真っ白に塗り替えるほどの快感があった。嫌なこともキツイことも何もかも忘れ去ってしまうくらいに。俺はずっとここにいたいと、強くそう思える瞬間があるからこそ今までもこれからもバレーをやらなきゃいけなかった。


「角名も何かに賭ける情熱をしっかり持ってる」

「……でもバレーはナマエと違って意思をもってないし、比べるのはやっぱり違うんじゃないかな」

「そうかな」

「当たり前じゃん」

「最初から角名はバレーボールが上手くできた?」

「最初は流石に下手だよ」

「でしょ?」


初めてボールを触った時、上手く扱えなくて確か拗ねてた。それでも俺にボールを押し付けてくる周りの奴らに機嫌を悪くしながらもバレーボールに触れた。腕も痛いし、気持ち悪いほどの内出血に不快感もあったし、思った通りにボールも飛んでいかなかった。でも年上の上手い人たちは内出血もなく綺麗で太い腕でまるで自分の体の一部かのようにボールと戯れる。その姿を見ながら嫌々ながらもボールに触り続けた。もう良いじゃんと思いながらも、俺の横でコート内を駆け回る自由な人たちへの少しの憧れと、人々をそんな表情にさせるバレーへの僅かな興味があった。

だんだん内出血もできなくなっていって、少しずつ自分の意思通りにボールを扱えるようになった。ボールにはもちろん意思なんてものはない。けれどこっちが歩み寄れば歩み寄るほど、意思を持って俺のことを認めてくれるかのようにどんどんボールは俺に対して心を開いてくれた。こっちが雑な扱い方をすればコントロールが難しくなる。丁寧に向き合えば自分の一部だと思えるくらいに馴染んでいった。不思議な感覚だった。

最初は何もできなかったバレーボール。向き合い始めてからどんどん距離が縮まった気がする。


「好きだとか、わかんないけど、楽しかったしやりがいがあった。俺にはバレーが必要だった」

「うん」

「やりたいからやってたんだ。俺が自分でバレーを選んで、それで離れなかった」


らしくなく汗水垂らして俺は俺なりにバレーボールに取り組んできた。俺がよそ見をしたら意思のないこいつは俺を見てくれなくなるから、ボールに嫌われないようにするためには自分からとことん向き合うしかなかった。俺が離さないように努力しない限り、こいつはすぐに離れていく。

楽しいとか、悔しいとか、気持ち良いだとか、自分を動かす原動力がこのコートの中にあった。中学、高校、その後の今までずっと努力を重ねてきた。自分に素直になれるコートの中になるべく長く立てるように。もちろんこれからも俺は俺なりにそこに立ち続けるためにバレーを追いかけていく。


「私は角名とこれからも一緒にいたいと思ったから、嫌がるかもしれないけど私の気持ちを知って欲しかった。角名ともっと向き合うために」


恋は終わる。いつか。その考えはやっぱ拭えないけど、でもどうして終わってしまうのか、終わらせないためにはどうしたら良いのか、それは考えたことがなかった。

角名はどうしてバレーをするの。頭の中でもう一度ナマエが問いかける。終わらせたくないから。ずっとここにいたいから。終わらせないためにはどうすればいい。俺が、離さなければいい。

終わりが見えることを絶望だと思って生きてきた。勝手に離れていくことを嘆いていた。バレーも人も俺が向き合わないと離れていくに決まってる。

確かに彼氏から目を背けたことは褒められたことではないけれど、学生時代のあの子は俺が彼女に向き合って彼女のして欲しいことに寄り添っていたから俺の方を向いてくれたのかもしれない。彼女自身というよりも彼女のその恋心を見ていたかったから、俺は彼女に対しての興味は無くなってしまったけれど。

恋だとは思わなくてもいいから、バレーボールみたいにミョウジのこと考えてやって。そう言った古森の言葉が頭を巡った。バレーボールに向き合うみたいに、俺からもしっかりとナマエと向き合えばいい。


「……ナマエ、行くな」

「…………それが角名の出した答え?」

「うん。行かないで、ここにいて」

「それが本心なら行かないよ」


ナマエのこと、この後に及んで好きかどうかはわからない。だけどこれだけはわかる。俺はナマエと離れたくない。気の許せる相手。大切にしたいと思った。ナマエの前では俺は少し素直になれる。彼女の横で過ごしている時の穏やかでいられる自分が気に入ってる。ナマエが俺に好きだと言ってきたって、その場所をすんなりと手放すことはできなかったくらいに。

ヒヤリとした心が寂しく声を張り上げたのは、俺の中でナマエの存在が当たり前のものになっていたから。だからナマエが俺のそばから離れて行こうとするのに腹が立った。我儘かもしれないけど。こっちから歩み寄らないくせに縋りつこうとしていたんだ。俺がしっかり向き合わないと、向こうも俺に心を開いてくれないことはもうバレーでとっくに知っていたはずなのに。


「あんなに必死にボールを追える人が、何かに執着できないなんてそんなの嘘だよ」


ナマエが俺の背中に腕を回して、そっと胸元に額を寄せる。彼女の小さな体を包み込むようにゆっくりと抱きしめた。


「……ナマエはさ、人の気持ちにピークとか感じる?」

「そりゃ熱すればいつか冷めるものだからね」

「ナマエの俺への感情もそうなの?」

「角名が私を信じようとしてくれる限り、私のこの熱は冷めないよ」

「冷めないなんて、よく言い切れるね」

「角名次第だって。角名が冷まさないようにして。私が角名に絶望を与えないように角名も頑張って。見張って、見届けて」

「俺もナマエに興味を示し続ければいいってことね」

「うん。覚悟してね」

「覚悟なんているの」

「私は角名に絶望させないようにこの先どうなろうと愛し抜く覚悟決めたの」


角名がバレーに全力で向き合うように、私も角名に向き合うの。そう言ってナマエは笑った。

希望や期待なんかじゃない。ずっとそばに居続けるための覚悟と努力。お互いにそれを怠らなければ、いつまでも一緒にいられる。胸に込み上げてくる感情に血が滾った。体温が上がる。掴まれたように心臓が痛い。目の前で俺に凛とした視線を投げかける女の子のことを手放したくないと強く思った。もしかしたら、これが周りの奴らが言う好きだって感情なのかもしれない。


「角名はこれからも無理に好きだとか言わなくていいよ。角名が想ってくれてることがわかればいいの。感情と行動をわかりやすく装飾するものでしかないから、無理に言葉にしなくてもいいよ」


俺の考え方に寄り添ってくれる、そんな彼女のそばにいたい。侑が言っていた「もうこいつしかいない」という言葉の意味がわかるような気がした。多分、この子を手放したらもう俺の前にこんな子は現れないと思う。

正しい愛し方なんて何一つわからないままだけど、俺は俺なりにこれから彼女と向き合っていく。
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