Try to be a rainbow in someone’s cloud.

俺に好きだなんて言葉をかけたナマエは、それからすぐに冷静に「今日はもう帰る?」と戸惑う俺に声をかけた。何も言わない俺を責めもせず、申し訳なさそうに控えめに笑うナマエはどこか泣きそうな表情にも見えた。


「調子悪いなー」

「…………」

「そんで機嫌も悪い」

「うるさ」


こっちの気も知らないで暢気に話しかけてくる古森から遠ざかるように練習を切り上げた。私情にプレーの良し悪しが左右されるなんてあってはならない。なのに体が固まったように動きがぎこちなくて、いつもの調子が出ないのもまた事実だった。


「ミョウジと何かあった?」


疑問系なのに確信を持っている様なその声がまた癇に障る。大きなため息を吐くとそんな俺の反応に「ビンゴ」と古森が笑った。わかってたくせにと言えば「わかんねーじゃん?」なんて茶化したように返されそのまま俺の後をつけるようにして共に歩き始める。


「着いてくんな」

「顔怖〜」

「元から」

「いや、普段はもーちょいマシ。もーちょい」


イライラを募らせる俺とは反対にこいつはなんだか楽しそうだ。バンッと大きな音を立ててロッカーを閉じる。「当たんなよ〜」と古森が困ったような声を出すが気にはしない。

初夏の夜。薄手の上着を羽織ればそこまで寒くはない季節になった。瑞々しく青葉を揺らす木々の葉の擦れる音は聞こえるけれど、その青は暗闇に呑まれてどんなものかこの時間じゃ確認できない。


「角名、お前明日暇?」


俺の機嫌の悪さに怯みもせずケロッとしながらそう聞いてきた古森は、何も言わない俺に勝手に「空けとけよ」と言いながら手を振り帰っていった。



「……いきなりなんなの」

「空けとけって言っただろ」

「確かに言われたけど」


お邪魔しまーすと俺を押しのけ勝手に靴を脱ぎ始めた古森にため息を吐く。「うっわシンプル。想像通りすぎて逆につまんねー」なんて失礼なことを言いながら笑っている古森は、許可も何もしてないのにソファに勝手に座り「めっちゃふかふかじゃんこれ!角名ん家のって勝手にもっと硬いの想像してたわ」と笑いながらポフポフとその感触を楽しんでいた。


「硬いの嫌って言われたから」

「へぇ、ミョウジに?」

「……そう」

「だからって素直に買い替えたの?お前も意外と可愛いとこあんな」

「気持ちワル。なんだよそれ」


ケラケラと笑うのを無視してさっきまで飲んでいたコーヒーを一気に飲み干した。俺にもいれてよなんて図々しく言ってくる古森に、「じゃあ俺ももう一杯飲むからお前がいれてきて。キッチン行けば色々置いてあるから」とカップを手渡すと、俺がいれるのかよと笑いながらキッチンへと消えていった。

古森がなんでここに来たかなんてそんなこと大体見当ついてる。あいつは俺たちに首を突っ込みすぎだ。ナマエと仲が良いのは知ってるけど、どうしてここまでするのか理解できない。

あちーとカップを二つ手に持って運んできた古森に「量多くない?」と呆れた声を出せば「文句言うな」と怒られた。


「で、今日は一体何が聞きたいわけ」

「わかってんだろー?」


にがっ、濃くいれすぎた。そう言って顔を顰める古森は緊張感もなく至っていつも通りだ。その様子に何故だかこっちの調子が崩れる。目を逸らした俺に口角をあげて「ミョウジがさー」と話し始めた古森は、「一昨日電話してきたんだよね」と、そう言いながらもう一度コーヒーに口をつけた。


「……なんて言ってた?」

「ミョウジは角名のことが好きなんだって」

「…………」

「まぁ俺は前から聞かされてたから知ってたけど」

「俺にそう言ったのももう知ってんだろ」

「うん」


全部聞いちゃったーとこっちの気も知らないで暢気に笑った古森はそのまま「角名はどう思った?」なんて聞いてくる。

ナマエは、確かに俺に好きだと言った。俺がその言葉を望んでいないと知りながら。


「……ナマエも俺から離れていくのかな」

「なんでそうやって卑屈な考え方しかできないのかなーお前は」


今までで一番大きなため息を吐いた古森が肩肘をついて重たい目つきで俺のことを見る。そんな目で見るなと訴えると、お前の死んだようなその目よりはマシじゃん?なんて言われてしまって何も言い返せなくなった。


「そんなこと言うけど、ミョウジがお前のこと好きでもそうじゃなくても、ミョウジはどうせこのままだとお前から離れていくだろ?」


古森は俺から目を逸さずに冷静な口調でそう言った。そうだ。ナマエが俺のことをどう思っていようが、俺がナマエに絶望を感じようがそうじゃなかろうがナマエは俺から離れていくじゃないか。動揺しすぎてそのことがすっかり頭から離れていた。


「ナマエはなんで俺のことが好きだって言いながら俺から離れようとするの」


子供みたいな本音をこぼした。何も考えず、ただ頭の中に浮かんだその気持ちを言葉にする。古森は何かを言いたそうなのをグッと我慢するように息を飲んだけど、考えても答えが見つからなかったらしくそのまま素直な気持ちを口に出した。お前が引き止めないからじゃん。怒ったようなその声に黙り込む。俺が、動かないから。相手に全てを任せ、頼り切った形でしか俺は人と関わったことがないから、こういう時にどうすればいいのかわからない。


「お前が言う恋が信じられないってやつもさ、聞いてて思うんだけど、人の気持ちばっか否定して自分はどうなんだよ。お前の気持ちは?どこにあんの?」


攻めるわけでもなく、純粋な疑問として古森は俺に問いかけてくる。俺はいつだって相手の気持ちばかりを否定してきて、それに左右されてきた。

学生時代のあの女の子も、今まで知り合った子達も、ナマエも、彼女たちの恋心にばかり重きを置いてきた俺は自分の気持ちをあまり理解していないのは確かだと思う。


「角名、お前はミョウジのことどう思ってんの」

「……どう思ってるって言われても、でも好きだとは、思えないよ。申し訳ないけど」


俺自身の気持ち。それをしっかりと考えようとしてみても、それでもその言葉には抵抗がある。そもそも好きってなんだろう。良く甘酸っぱくなるとか心が掴まれたようになるとか言うけどみんな本当にそういう感情に囚われているんだろうか。俺は確かにナマエとは一緒にいたいと思っていたし、好きだとは思えなくても大切にしてた。でもどうやってもそういう気持ちになったことがあるとは思えなかった。


「じゃあさ、好きかどうかは考えなくていいよ。ミョウジのことは嫌い?」

「嫌いだったらこんなに悩んでないと思うけど」

「うん。そっか。うん」


何度も頷きながら俺のその返事を噛み締めるように古森はうんうんと口に出した。その意味がわからなくて眉を顰める。古森は薄らと笑いながら「ミョウジのこと、嫌いにはなってないんだな」と嬉しそうに俺に言った。


「お前さ、過去に好きって言われた時、その相手のことどう思った?」

「……どうも思えなくなったよ。好きとか嫌いとかそういうんじゃなくて、一気に冷めた」

「だろ?でもミョウジはどうでも良くなってないじゃん」


言われてからハッと気づく。学生時代、好きだったはずなのに一瞬にして心変わりした俺の気持ち。嫌いというよりも全てに興味を無くして彼女のことはどうでも良くなってしまった。今までもずっとそうだった。でもナマエに好きだと言われた時、スッと心は冷めたけれど嫌いになったわけでも興味を失ったわけでもなく、ただ恐怖だと思ったんだ。

ナマエのその気持ちにもピークがあるのかもしれない。今が一番の最高潮だったら?そうしたら後はどんどん俺に対しての気持ちを無くしていくだけだ。俺から興味を無くしていくナマエなんて見たくない。そんな虚しい感情に蝕まれたくない。

俺は、ずっとナマエと一緒にいたいのに。それが叶わなくなるかもしれないなんてそんなこと思いたくない。


「ナマエも、俺から離れていくのかな」


先ほどと同じ言葉を放ったのに古森は今度はため息を吐かなかった。笑いながら「それをもっとちゃんとミョウジにぶつけてみなって。変に上手い言葉で飾ろうとかしなくていいから」と俺の背中をバシンと叩いた。ジンジンと痛むそこを押さえながら「もう少し加減しろよ」なんて言ってみるけど古森はただ笑うだけ。


「何かあったらすぐに言えよ」

「怖いから嫌」

「怖い?」

「俺より俺のこと知ってそうで怖い」

「お前が自分のこと知らなすぎんの」


呆れたように笑ってコーヒーを煽った。苦いとまた顔を歪めながら耐えるように目を瞑る。古森は、一つだけ言っとくけどと言葉を続けた。


「角名はテキトーに見えて完璧を求めすぎ」

「なに」

「恋も愛も人の感情だから、完璧なんてそんなものはねぇんだよ」


恋だとは思わなくてもいいから、バレーボールみたいにミョウジのこと考えてやって。

そう言った古森はそろそろ帰るかと腰を上げる。古森もナマエも、恋とは全然関係ないのにバレーを引き合いに出してくるのはなんでなんだ。表情から俺の考えを読み取ったのか、古森は少し揶揄うように口角を上げた。


「お前がなんで今俺と同じチームにいるか、考えればすぐにわかるよ」


じゃあなーと手を振った古森はそのまま玄関へと向かっていく。バタンと音がして、そのままシンと静かになった。すぐに震えたスマホに目を落とす。『ミョウジだけに任せんなよ』。表示された今出て行った男の名前とメッセージに、考えが読まれているようでなんだか意味もなく腹が立った。
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