こんな星の夜は全てを投げ出したって



「るなって、俺のこと好き?」

「好きだよ」

「…………」

「何、その不満そうな顔」

「お前といてもなんか俺ばっかりが好きなような気がして虚しくなるんだよな」


そう言って別れた最後の彼氏はもう二年も前だ。大学生になって数人彼氏を作った。私は私なりに毎回相手のことを好きになって、毎回ちゃんと考えて付き合っていたはずなのに最終的にはだいたいこう言われてふられてしまっていた。私の何がいけないのか。悩んで、悩んで、悩みながらも一生懸命に自分なりに恋をした。

大学一年生の時に出来た彼氏は音楽には全く興味がなくて、土日のデートはライブハウスからかけ離れた場所で、そういう会話も全く出なかった。平日は学校とバイトで、休日はそんな彼氏と過ごし、課題にも追われて自然と足が遠のいたライブハウス。二年生に上がる頃には一切行かなくなっていた。

大学を卒業して、人を好きになることの難しさに悩みながらも社会人としての新しい日々を送っていた時に一通のメッセージが届いた。送り主は高校の軽音部で同じバンドのメンバーだった一人。社会人になった今もまだバンド活動を続けているから一度ライブに来ないかという内容だった。久しぶりに澤にも会いたいしと書かれていたけれど、大方チケットノルマをどうにかするために声をかけてきたんだろう。それでも久しぶりにあの空間に足を踏み入れられるということに少しワクワクして、すぐに行くとの返事を返した。

大音量のギターの音に心が踊って、ドラムの重低音が骨まで響く。耳だけでなく全身で音を感じられるこの空間が懐かしくて、そして少しだけ眩しかった。

あの曲を歌っていたバンドは、私がライブハウスから遠のいている間に解散してしまっていたらしかった。最後のライブくらいは行きたかったなぁと思いながら、懐かしくなってここへ来る途中その曲を聴いた。耳に馴染んだメロディが当時の記憶まで蘇らせて、心がギュッと掴まれるように痛かった。

奏でられている楽曲は最近流行りの曲だけど、いつになっても音で満たされるこの空間の在り方は昔も今も変わらない。私の気持ちをあの頃に引き戻すには十分で、マイクスタンドに両手を添えて上手いだとか下手だとか何も気にもせず、ただ好きだからという理由でひたすら歌っていたあの頃の自分を思い出した。

余計なことなんか考えず、ただシンプルに、好き。それ以外に何かをする理由なんて要らなかった頃。

高校生活は三年間。親しくなったのは卒業まで半年と少ししか残されていない時期だった。付き合っていた期間はたったの五ヶ月しかないのに、それまでの二年半なんてまるで存在しなかったかのように私の高校の思い出はその半年間でほとんどが埋まっていて、その全てに彼がいる。

彼以外にこの人生で何度かした恋愛の記憶を呼び覚ましても、全てに平等に懐かしいとは思うけれど戻りたいとは思わない。こんなに、苦しくなるほどに胸も痛まなければ、息苦しくもならない。思い出すだけで涙が出そうになるような、こんな感覚にはならない。

心の底から好きだと思えた。悩みなんてなかった。がむしゃらに、ただひたすらに恋をしていた。それが普通だと思っていた。今思えば、あの期間の出来事は全部全部特別なものだったのに。

キラキラと砕いたガラスのように光り輝く青い思い出が身体中に傷をつける。理由もなく手放した。終わりを告げたわけでも告げられたわけでもなかった。曖昧に終わってしまったからこそこんなにも引きずるのだろうか。若かったのだ。何もかもが。

こんなところで、こんな風に、今更自覚してしまうなんて本当に馬鹿だ。懐かしい音たちが身体の芯まで震えさせる。

あの最後の日、離れていく背中に声をかけていたら何かが違っていたのだろうか。振り返った彼が一言何かを発してくれれば、違う未来があったのだろうか。私たちはきっとお互いに臆病になっていて、お互いに相手に賭けていたんだと思う。何も言われなかったから、じゃあもうおしまいだねなんて。若さ故の言葉足らずの過ちがこんなにも心を抉る。


「……瀬見、」


もうこの手からとっくに溢れ落ちていってしまった人物の名前を一人呟いてみたけれど、ベースの音にかき消されて誰に届くこともなくライブハウスの熱い空気に溶けた。




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