君を見つけ出した時の感情が



到着したのは本当に小さな小さな地下にあるライブハウスだった。人も少ない細い通りにひっそりとあるそこへ近づくと、受付でスタッフの人が「今から入りますか?」と声をかけてくる。


「え、っと、私ここで待ち合わせをしていただけで」

「あ、そうなんですね。すみません」


とは言ったものの、辺りを見渡してみても瀬見らしき人物はいなかった。当たり前だ。もう告げられた時間から一時間以上が経過している。このまま帰るか、もしかしたら中にいるかもしれないから終わるのを待つか迷っていた私に、スタッフさんが恐る恐るというように「もしかして澤さんだったりします?」ともう一度声をかけてきて驚いてそっちを向いた。

どうして私の名前を。そう口に出せば、その人はパッと明るい表情に切り替え「瀬見さんですよね!?」と少し興奮気味に言ってこっちですと私を呼んだ。


「瀬見……さんは、中にいるんですか?」

「はい!でも先にとりあえず受付だけいいですか、すみません」

「あ、チケット代」

「いえ、関係者として伝えられてるので大丈夫ですよ」

「関係者……?」

「始まる直前に瀬見さんがここに来て、ライブの途中だとしても終盤だとしても女性が一人来たら入れてやって欲しいって。お名前と一緒に伝えられました」

「……はぁ」


何が何だかわからないまま受付を済ませ中へと進んでいく。ドリンクを引き換えることもせずに、とりあえず一刻も早く会場内へと向かわなければと思い分厚くて重い防音の扉を開いた。

懐かしい音がした。学生の頃、私はこの中で生きていたのだ。上手さや技術は二の次で、とにかく好き勝手にリズムに乗って気持ちの良い音に囲まれ身を委ねていた。骨まで響くドラムの音、空気を伝い肌をも揺さぶるベースの音、誰よりも伸び伸びとただこの時間をひたすら楽しむ気持ちの良い歌声。そして、何もかもを最高潮へと導くギター。

決して大きくはない狭いライブハウスには思っていた以上の客が入っていた。近寄らないと相手の顔が判断できない暗いこの空間で、この中から目当ての人物を探すことはとても難しそうだ。それでも懸命に人の間を潜り抜け、そこにいる観客達を見て回っても瀬見の姿は無かった。どうしようも無くなって再び扉付近へと戻ることにする。きっとライブが終わって場内が明るくなれば一人一人の顔もわかるようになるだろうし、出入りのできる扉はここ一つしかないから彼も横を通るだろう。

MCの内容から把握するに、今日はこのバンドの解散ライブのようだった。ここにいるほとんどの人たちはファンというわけではなく大半は演者の友人や関係者らしい。内輪な話で進んでいくそのMCを流すように聞きながら、一番後ろの壁に寄りかかってここまで走ってきた足と疲れた体を落ち着かせるように深い息を吐く。

その時、ステージの上にいる一人の人物に視線が奪われた。小さな小さなライブハウスでは一番後ろの壁沿いにいたってステージからの距離はとても近い。それこそあの文化祭の音楽室の特設ステージのような。縦に長い教室の小さなステージから、彼が立っていた入り口付近のあそこまでとほどんど変わらない距離だった。

数メートル先でギターを手にする彼がふとこちらを見る。

時が止まって、音も止まる。未だ続くMCの声も、それに反応する観客の笑い声も何もかもがフィルターがかかったように音がぼやけてうまく聞こえなくなった。暗い会場で、ステージにだけ光が集まる。彼の綺麗な髪にそれが反射してすごく眩しかった。

ラスト、聴いてください。そうボーカルの人が力強く叫んで、その後小さく曲名が呟かれる。フッと笑った瀬見が私から視線を外して、聴き慣れたメロディを奏で始めた。

あの時教室の後ろで人混みに紛れながらステージに立つ私を彼はそこからじっと見ていた。決して上手いとは言えない演奏で、プロになるための活動でも、上を目指すためのグループでもない。そんな私たちのバンドが最後に選んだ曲。あのマイナーなバンドの冴えないオリジナルソング。

小さなステージに立つ彼と、この会場の一番遠くにいる私。何人もの人が間にいるのに彼しか見えなかった。目に見えないイヤホンが私たちを繋いでいるようなそんな不思議な感覚。彼は穏やかな顔をしながら会場を見渡していた。曲が終わって、拍手に包まれる中、彼がニッと大きく笑った。私も釣られるように自然と笑った。

学生の頃の、忘れられない記憶。立場が逆になったけれど、同じように私たち二人が今、同じ場所に立っている。




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