「澤ちゃんは英太くんとはどーすんの?」
「どうって?」
「卒業したらの話!二人はお互い県内だから心配いらないか」
「うーん、わかんないなぁ。瀬見と卒業してからも一緒にいる想像があんまり出来ないんだよね」
「エッ、それって別れるってこと!?」
「別れるっていうか……」
「でもそういうことでしょ?学生時代の思い出にするってやつ?甘酸っぱー!」
たまたま廊下ですれ違った天童くんに引き止められた。卒業も間近な冬の終わり。もうすぐやってくる春の足音が少しずつ聞こえてくるような、そんな時期。
瀬見のことは心から好きなはずなのに、どうしてか高校生活を終えても一緒にいるなんていう想像ができなかった。お互い大学進学で、今までの十二年間の学生生活とこの四月からじゃ世界が変わってしまうとでも思ってたんだろうか。どんなことになるのかわからない未知の世界。その認識はある意味正しいかもしれないけど。
この時期に別れてしまう高校生カップルなんて山ほどいる。遠距離が確定されている子達や、高校生活をより良くするために付き合っていた子達。好きだけど、無条件に毎日会えることで関係を保ってこれていた、そんな子達もいる。別れの理由なんてさまざまだ。私たちみたいに、ただなんとなくお互い卒業と同時に離れてしまうんだろうとぼんやり思っている人たちもいる。きっと瀬見も私と同じ考えなんだろうことはなんとなく感じ取っていた。必ずしも、その関係の終わりに理由をつけなきゃならないなんてことはない。
「お、蕾」
「ほんとだ、卒業式には咲くかな」
「今年は早いらしいから可能性はあるよな。後一週間か」
繋いだ手のひらにキュッと力を込めた。少し強い風に吹かれてスカートが揺れる。くるりと振り返って少し硬めの彼の髪の毛に手を伸ばした。そのままグイッと後頭部を引き寄せ目一杯背伸びをして、チュッと音を立ててキスをした。突然のことに驚いた瀬見は目を見開いて、「どうしたんだよ、こんなところで、いきなり」と焦った声を出す。
どうしたのかなんて、自分で自分に一番問いたいよ。わからないけど衝動的に体が動いた。あと少しなんだなと思ったらいてもたってもいられなくて、瀬見と一緒に居れるこの時間を一秒も無駄にしたくないと思った。
今思うと、私は私なりにあんなにも彼のことが好きだったのに、本当にどうしてあんな選択をしてしまったのか。確かに彼も何も言わなかった。このまま別れるのか、付き合い続けるのか、そんな話は出て来なくて。でも私からも振らなかった。あまりにも曖昧に、彼のことを手放してしまった。
「先輩、なんか途中からずっとぼーっとしてません?」
「……そうかな?」
「そうですよ、急にどうしたんですか」
いけない。こんなに華々しい幸せな日なのに。この披露宴会場の、きっと反対側に彼がいる。見間違いなんかじゃなかった。あれから何年も経ったのに何も変わっていなかった。私の席は新郎側のゲストに背を向ける位置にあるからその姿は見えないけれど。こんな偶然があるのか。新郎は確かに私と同い年らしいが白鳥沢出身ではなかったはずだ。だとしたら高校以外の同級生または同僚のどちらかだろう。
披露宴も全て終わり、会場を出る支度をしながら背中の向こうへと意識を集中させる。彼の声らしきものは聞こえなかった。少しだけ外の空気でも吸おうと一人バルコニーへと出る。昼間はまだ耐えられる暖かさなものの、この時間はもうとても寒い。目を瞑って大きく息を吸った。
瀬見が、いた。だからなんだ。彼は学生の頃の眩しい思い出で、今更どうこうなんて思ってない。けど。
たった一瞬しか姿を確認してないのに倒れそうになるくらいに心臓が大きく跳ね上がった。何度かした恋愛の記憶を辿ってもこんな風になったことなんてなかったのに。瀬見の姿を一目見ただけで、あの頃に戻ったみたいな気持ちになってしまった。
もしも、私が今瀬見に会ったら。そうしたらどんな言葉をかける?まだ瀬見のことが忘れられないのだと素直に打ち明けるか。けれどもう一度寄りを戻したいと願うなんてことは出来ない。瀬見には瀬見の人生がある。彼の中で私はただの過去の人の確率の方が高いのだ。
今更、本当に今更。全てが遅すぎる。あの日去り行く背中にちゃんとこの気持ちを伝えていたら、こんな気持ちを抱えていることはなかったのかな。
他の誰といてもこんな気持ちにはならなかったのに。あんな感覚は覚えなかったのに。一瞬であの頃に引き戻される。私をきらきらとした眩い世界に誘える音は、彼の発する声だけで十分なのだ。
「…………澤?」
ほら、今、この瞬間もまた。