出逢った日のようなあの透き通る風の中で



十代。社会になんの疑問も不満も持たず、将来に不安も持たず、他人の評価も周りの目線も今程気にはしていなかった。

あの頃はあの頃で悩みもたくさんあったし、深刻に考えていっぱいいっぱいになる日もあったけど、テストの点数が悪かったらどうしようとか、友達関係で少し悩んだりとか、課題が終わらないとか、今思うとその悩みも微笑ましくなるようなものが大半だった。

先のことなんて今と比べたらそこまで深く考えずに、ただひたすら前だけを向いて走ることが可能だった。自由で、なんでも出来た。

そんな中で瀬見に出会った。何もかもが眩しいくらいに輝いていた時代に生まれた恋心が、キラキラしていない訳がなかった。今現在とこれからが枯れているだなんてそんな悲しいことは思わないし、輝けないなんてことは絶対ない。それでも、きっとこの輝きとあの頃のそれでは何かが少しだけ違ってくることも確かだと思う。

あの頃の私達の感覚と今を比べること自体が愚かなことなのだということはわかっている。

取り戻すことができない何かが確実に存在するから、誰かがそれに青春という名前を付けたんだろう。まだ未完成の私達が、未完成ながらに精一杯歩みを進めてきた。磨く前の原石は何にでもなれる。それが宝石なんかじゃなくただの普通の石ころだったとしても。成熟した私達はあの時の青さを失ってしまったのだ。悲しいことのように聞こえるけれど、確かに成長してきた証でもある。

私の青春時代の記憶に存在する彼は、それはそれは綺麗で尊い。その隣にいた私自身も。

これから先の人生だとか、責任だとか、結婚するしないだとか、仕事をどうするだとか、周りの目とか、年齢とか、そんなものに一切邪魔されない時代はきっともう来ない。今の私たちには考えることがたくさんたくさんあって、それとうまく付き合ったり乗り越えたりしながら歩いていかないといけないのだ。あの時は持たなかった思考を持たされる。良い意味でも悪い意味でも。

もちろん大人になった今だからこそ出来ることもたくさんあるし、今が楽しくないわけでは決してない。それでもやっぱり、あの頃の私が今の私のような考えや生活や遊びかたが出来なかったように、今の私があの頃の私のように全ての思考と事情を振り切って過ごすことは出来なくなっていた。

思い出すだけで焦がれるような、懐かしむだけで涙が溢れそうになるような、そんなかけがえのない時間だったなんて、あの頃の私たちは気がついてなかったね。


「……先輩、先輩」

「ん?何そんな小さい声で」

「見てくださいあの人、かっこよくないですか」


式が終わって披露宴の会場に向かう途中、特に気にしていなかった新郎側のゲストの方を控えめに指さした愛ちゃんの視線の先を辿る。

わいわいと複数人で固まってウェルカムドリンクで乾杯をする集団。その中の彼女が示した人物がゆっくりと振り向いた。

寒い外の気温など感じさせないほどに室内は暖かく、手がかじかむなんてことはない。けれどなぜか、日の落ちかけた夕方に冷たくなった手のひらを二人で合わせて指先を絡め合ったあの日みたいに、スゥッと冷たい風が駆け抜けていくようなそんな感覚を覚えた。

この身を包む冷たい空気とは正反対に、温まっていった心と体。それと逆の現象が今の私に襲いかかる。

凛々しくて力の強い瞳も、揺れる個性的な色をした少し硬い髪の毛も、格好良い見た目をしているくせに頭を抱えたくなるほどにセンスがない身につけているアイテムも、その全てがまるでスローモーションのようにゆっくりと流れていく。

記憶の中の彼よりも大人びたその姿。知っているようで知らない。重なるようで重ならない。頭の中の記憶と目の前の現実がめまぐるしくせめぎ合ってくらくらとしてきた。

私に気づくことなくスタッフにグラスを預けた彼は、そのまま会場へ続く扉の向こうへと消えていった。その見慣れたようで見慣れない後ろ姿から目が離せなかった。

しばらく聴いていなかったあの時のあの曲が静かに流れ出す。まるでこの瞬間を待っていたかのように、頭の中に何度も、何度も。




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