星が降る眠れない夜に



『先輩ー!!来てくれてありがとうございます!!』


手元のスマホを覗き込み、届いたメッセージに目を通す。結婚式日和。と言っていい程に今日はここ最近でも一番天気が良い日だった。半年前に式の詳細が送られてきた時から楽しみにしていた後輩の結婚式。彼女は手のかかる後輩だったけれど、人一倍私に懐いてくれていたし、今では元々の会社での立場とかは関係なく仲の良い友人の一人となった。短く返信をして式場へと向かう。まだ始まるには早い時間だけどもう入れるようで、すでに集まっていた職場の知り合いたちと共に中で座って待機することにした。


「……愛ちゃん、なんかすごい気合入ってない?」

「当たり前じゃないですか。あの子には悪いですけど、結婚式って出会いの場なんですよ!新郎の友人たちと出会えるチャンスです」

「え〜……まぁそういう話も聞くけど、まさかこんな身近に本当に気合い入れてくる人がいるとは」


愛ちゃんは二年半付き合った彼氏にこの間フラれてしまった。振られた直後の彼女はそれはもう悲惨で、本気で心配して毎日生きているかと確認のメッセージを送らないとこっちが眠れなかったほどだった。それでも、今日式を挙げる彼女と同じでこの子も恋に生きる性格で、とことんまで激しく落ち込んだ後急激な立ち直りを見せ、スパッと過去を断ち切りすでに前を向いている。少々前のめりすぎないかとまた違う心配をしてしまうほどに。無意識に過去に囚われ続けている私とは、何もかもが全く違う。

純白のドレスを纏った彼女は息を飲むほどに美しかった。自分の人生で一番綺麗な時に結婚したいと出会った当初から言い続けていた彼女の夢が叶った瞬間だ。そんな彼女を迎え入れる新郎もとっても誠実そうな笑顔の柔らかい人で、彼女が長い時間をかけてたくさんの出会いの中から選び抜いてきただけある男性だった。

隣にいるこの子も、誓いを立てる彼女も、私とは全く別の考えの中それぞれの人生を歩みそれぞれの恋愛をして生きている。



「るな」

「……何?」

「おい、何そんなに警戒してんだよ」

「だっていつも苗字で呼ぶじゃん。なに急に」

「いいじゃんたまには。なんか雰囲気出るし」

「それ言っちゃったら意味なくない?」


カーテン越しに漏れてくる夕日の赤い光だけが差し込む薄暗い部屋の片隅で、もったい無いほど空間を余らせて二人でくっついていた。壁に背中をもたれてベッドの上であぐらをかく彼の上に横向きに座り込んで、左耳を彼の肩に預ける。

クシャッと髪の毛をかきあげるように引き寄せられた後頭部に小さく彼が唇を寄せた。シャツがシワになるのも構わずに彼の胸元を軽く掴む。ゆっくり見上げると同時に優しいキスが降ってきた。子供が遊ぶような無邪気な笑い声をこぼしながら。

段々とお互い面白くなってきてしまってついに本格的に声を上げて笑い出した。唇を離し倒れ込むように彼の胸元に顔を埋める。揶揄うように私の背中をポンと軽く叩いた瀬見は、クツクツと喉を鳴らしながら肩を震わせていた。お互いに特に何がツボに入ったとか何で笑っているのかなんてそんなことは考えなかったし、そんなものは関係なかった。ただ、瀬見と過ごすこの時間が、自然と込み上げてくる感情を抑え切ることが出来ないないほどに楽しかった。それだけ。


「おま、空気読めよ、ふッ」

「瀬見だって笑ってんじゃん、お互い様だよ」

「あーもう、台無し」


体重をかけるように体を丸めた瀬見が半ば無理やり唇を重ねてきた。いきなりのことに驚いて思わず逃げようとした私のことを逃がさないようにと強く押し当てる。弾むような笑い声が二つピタリと止んだ。彼のシャツの這うようにして胸元から首元へと腕を移動させると、布の表面を擦るしゅるっと乾いた音が静かな空間に広まっていった。


「ね、瀬見」

「ん?」

「……ふふ」

「なんだよ」


ケラケラと、私たちの周りを転がるように二人分の笑い声がまた部屋の中を自由に飛び回った。さっきの続き言えよ、なんて瀬見は言ってくるけど何を言おうとしたかなんて笑ったら忘れた。それを伝えれば「ふざけんな、思い出せ」なんてもう一度瀬見が覆い被さってくる。

ボフッとありきたりな音を立てて二人して寝転がった。夕日はいつの間にかどこかへ消えてしまったみたいだ。カーテンを閉めたここからでは、外にいるだろう星の姿も月の姿も確認できない。ここには私と瀬見と、壁に貼られた当時人気だったバンドのCDに特典としてついてきていたポスターに映ったメンバーだけがいる。その壁に背を向けて瀬見と向かい合った。

暗い中じゃはっきりとはわからないはずのに、それでも彼の柔らかく細められた瞳から目が逸らせなくて、目を瞑っても何をしていてもその表情が頭から離れなくなるくらいにしっかりと脳裏に刻み込まれた。

暖房はつけていたけど設定温度が低く、この部屋の中は決して暖かいとは言い切れなかった。けれど私以外の体温に包まれることで寒いなんて一切感じることはない。いつもならクシャクシャになってしまうからと帰ったら絶対にすぐに脱ぐスカートを履き替えることもしないまま、その温もりの中目を閉じた。

あの頃の私と、その後の私。好きだと思える人は出来るのに。あそこまでの燃え上がるような気持ちになりきれない。




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