2018年5月27日
休日の昼下がり。少し肌寒いけれど、太陽はぽかぽかとした柔らかい光を放っている。そんな中、ピョンっと跳ねるようにして俺の前に現れた二人の女の子は、今日も元気いっぱいの笑顔を浮かべていた。
「久しぶり!ちょっと見ないうちに随分大きくなったなぁ。今日はお母さんは一緒じゃないの?」
「私たちもう中学生だよ!」
「え、もう!?そりゃ大きくなるわけだ」
「そうだよ、だからいつまでも子供扱いしないで」
ふんっと少し拗ねたように俺を見上げる二人と初めて出会った頃は、まだ小さな小学生だった。彼女達もいつの間にか背丈も性格も、そしてもちろん年齢も、こんなにも成長してしまった。それに感心しつつ、自分はもうこんなに長い事こっちで生活しているのかなんて感慨深くもなる。
「じゃあもうお菓子はいらないね」
「いる!!」
「ちょうだい!!」
「子供扱いしないで欲しいって言ったじゃんか」
「それとこれとは話は別だよ」
「でも今日は何も持ってないや。ごめんね」
「トール、あそこにスーパーある」
「あそこなら何でもある」
「……え?そんな風にたかるの?大人になったね?」
ぐいぐいと背中を押されてスーパーへと連行される。これ欲しいあれ欲しいと遠慮なく伝えてくる二人に冷や汗をかきながらも、お菓子を前にはしゃぐ二人に「大人ぶってるけどまだまだ子供じゃん」と笑った。
買ったばかりのスナック菓子を美味しそうに頬張る二人は、学校で起こった出来事を事細かく話してくれる。学校生活もその様子も話を聞く限りでは何もかもが俺が日本で過ごしたものとは違っていて、二人の話はいつだって興味深い。それでもやっぱり恋愛の事となると世界共通なのか、お互いに共感できることばかりで俺も過去を思い出して甘酸っぱい気持ちになった。
好きな人の話やだとか告白されただなんて話を聞いていると、最近の子は凄いな、なんて思わず少しおっさんらしい感想を抱いてしまう。でもこの子達にとっては俺ももう立派におじさんなのか。それを考えると何だかちょっとだけ悲しくなった。
「トールは日本にいた時はモテてた?」
「こっちで彼女と歩いてるとこ見たことないから全然モテないんじゃないかってこの前話してたんだよね」
「ひどいな!心配無用だよ、彼女いるし!!それに俺超モテたんだからね!?」
「え!?トールって彼女いるの!?」
「ほんとにモテたの!?」
信じられないと驚いたような目で見てくる彼女達の子供独特の素直さが痛い。「及川さーんって群がられちゃって大変だったんだから」と鼻高々に学生時代の話をすると、「作り話じゃないの?」なんて疑うような眼差しを向けられてしまって結構へこんだ。本当の話なのに……!
「まぁトール顔は良いもんね」
「顔は?顔“は”ってどういうこと?」
「HAHA」
「笑ってごまかすなんて酷い!中学生女子コワイ!!」
そのお菓子没収してやると眉を顰めれば、もう全部食べちゃったから良いよと空の袋を押し付けられた。これゴミじゃん!自分で捨てろよ!そう思いながらも俺は大人なのでしっかりと受け取ってやる。彼女達は「彼女いるんだ」「知らなかったねー」と次のお菓子の袋を開けながら話を続けて、写真無いの?とキラキラとした瞳をこちらへ向けてきた。
「もちろんありますよ」
「どや顔」
「彼女も日本人?」
カメラロールを開いて、この前心から送られてきた友達と旅行に行ったという写真を探し出す。仲の良い女の子同士ではしゃいでいるその姿は、写真だけでもとても楽しんでいる様子が伝わってくる最近のお気に入りだ。
「かわいい!」
「でしょー」
「トールにはもったいないくらい!」
「それはどういう意味かな!?」
嘘嘘だなんて揶揄ってくる彼女達は、勝手にスクロールして心の他の写真も漁りだす。俺と二人で撮った一枚をじっと見つめて、不思議そうに首を傾げながら「なんかこのトールいつもと顔が違うね?」なんて言うから急にちょっと恥ずかしくなってしまった。
「いつから付き合ってるの?」
「俺がまだ日本に住んでた時からずっと付き合ってるよ」
「彼女いるって楽しい?どんな感じ?彼氏ってどんなことするの?」
「すごく楽しい。二人もこれからきっと解るよ」
「会ってみたいなぁ」
「前にこっち来たんだけどね。その時は二人とは会えなかったからなぁ。でもきっといつか会えるよ」
「ほんと?」
「うん」
興味津々なのがいかにも年頃の女の子達という感じでとても可愛い。日本にいた頃はよく猛の面倒もみてたから、何だかその時を思い出して懐かしくなる。
「私実はちっちゃい時トールのことちょっと好きだった。ちょっとね」
「そうなの?ありがとう。ちょっとの部分はそんなに強調しなくていいんだけど」
「告白しなくて良かったー」
「二股かけられちゃうところだったね」
「なんで俺がオッケーして付き合う前提なのさ!二股なんてそんなこと絶対しないし!」
「HAHA」
「さっきからその笑って躱すのやめて!?」
全く怖いったらありゃしない。俺がハァとわざとらしいため息を吐くと同時に、私たちそろそろ帰らなくちゃと言って立ち上がった二人は、以前見た時よりも伸びた髪の毛を綺麗に揺らし、「お菓子ありがとう」と随分と大人びた表情で笑った。初めて会った時は二人ともまだ小さな小さな子供だったはずだ。見た目も、話し方も、考え方も、笑い方も。なのにいつの間にかこんなにも立派に育ってしまって、何だか少しだけ寂しい気持ちにもなる。
「気をつけてね」と笑って片手を挙げた。彼女達は「トールもね」なんて言いながら、忘れ物を思い出したように「そうだ」と言って振り返り俺のところへと戻ってきた。
「これ、トールにあげる」
「え、なになに?ありがとう」
「大事にしてね!」
「バイバーイ!」
「うん、またね」
俺よりも一回りも二回りも小さな手のひらに大事そうに包まれていたそれを受け取って、彼女達にもう一度大きく手を振った。姿が見えなくなったのを確認して、手のひらに握りしめたものを確認する。くしゃくしゃに丸められた小さなそれは、どこからどう見ても食べかすのついたビニールで、先ほど彼女達が頬張っていたお菓子の入っていた包み紙だった。
これゴミじゃん!自分で捨てろよ!そう思いながらも、俺は大人なので、先ほどと同じくしっかりと受け取って持って帰ってやるのだった。