2018年3月13日

昼間はまだまだ暑くて堪らないけど、夜ともなればだいぶ過ごしやすくなってきた。いつも通りの練習帰り。今日は飯に誘われチームメイト数人と夕飯を共にしていた。

バレーの話や最近の国内のニュースの話、気になる女の子、奥さんや子供のこと、彼女について。なんでも隠さず赤裸々に話してくれるチームメイトたちは、俺を含めここにいる全員をしっかりと信頼してくれているのを感じられてとても嬉しい。真面目なこともくだらないことも一通り話して笑って、今は食事にひと段落つきみんなで食後のコーヒーを嗜んでいる。そんな時、俺に振られるのは決まってこの話題だ。


「トオルは最近心ちゃんとはどうなの?」

「変わらず順調だよ」

「付き合ってどのくらいなんだっけ」

「んー、今年の夏で六年かな」


そう言った途端にざわめくチームメイトたち。多分この話題ももう何回目かのはずなんだけど、彼らはいつもこうやって大袈裟なくらいにしっかりと反応してくれる。


「そのうちの一年も一緒にはいれてないんだろ?よく別れずにここまで来てるよね」

「……本当にねぇ。きっと昔の俺が知ったらびっくりだよ」

「騒ぐの嫌いじゃなさそうなのに、トオルはあんまり出会いがありそうな場所に行ったりしてるイメージもないな」

「楽しいのは確かに好きだけど、出会いは見つけに行く必要ないからなー」

「こっちで新しい子見つけようとか、良い子欲しいとか思わなかったの?」

「そんなこと思わないに決まってるじゃんか」

「一度も!?」

「一度も」


感心するようにこちらを見るチームメイトたちの視線は驚きに満ちていた。

もし俺が心と出会っていなかったとして、自分自身の話ではなく、他の人の話として聞いていたら同じ意見だった可能性ももちろんある。一年に一度会えるかどうか、長いときは一年以上会うことが出来ない他国にいる彼女と何年も付き合っている。そんな話を聞いたら、素敵だねと声をかけると同時に同じような驚きの言葉も投げかけ、同じような反応をしてしまったかもしれない。一・二年ならまだしもこんなにも長い年月、よく耐えられてるねって。

確かにこの関係はかなり辛いこともあるのは事実だ。それは否定できない。もちろん良いことも無いわけではない。けど、比率にしたら絶対絶対辛いことの方が多い。

いくら月日を重ねたって、会えない現実に慣れてくるなんて事はないし、寂しい気持ちを拭うこともできはしない。いつだって声が聞きたいし、会いたいときに会いたいし、日々変わっていくお互いの変化を一番近くで見続けていたい。

だからってこっちで新しい子を見つけて、その子と定期的に会ったり一緒に住むようになったとしたって、もしかしたら寂しさは拭えるのかもしれないけどきっと満たされるものはその感情以外には無いんだと思う。だから心以外の子には全く興味が湧かない。新しい出会いが欲しいかなんて、その答えは即答でノーだ。

気軽に会える良い子よりも、たとえ離れていても心が良い。距離や会える回数で俺は相手を選んでいるんじゃない。これを理解してもらうためには、きっと俺と心の間にあるかなりのことを丁寧に言葉にしないといけないんだろう。


「俺はトオルをずっと尊敬してるよ」

「なかなか真似できることじゃないからね」

「そうかな?」

「そうだよ」

「じゃあ俺だけじゃなくて、心のことも尊敬してあげて欲しいな」

「彼女がこっちに来るかどうかはあっちの仕事がひと段落したらって話だっけ?」

「うん。心のやりたいことがしっかり終わったら」

「それに付き合ってあげてるんだからトオルはやっぱ凄いって」

「違う違う、俺に心が付き合ってくれてんの」


チームの仲間達だけじゃなく、いろんな人がそう言うんだ。俺が心を待ってあげてるって。それは大きな間違えだ。

彼女がこんなに頑張ってくれている理由を簡単に説明したって、でもやっぱりそれを達成できるまで待ってあげてるのは結局俺じゃないのかと言われてしまいがちだから、あまりこの話は深くはしないんだけど。

心をいつも振り回してるのは俺だ。こっちに来ることを決めたことも、そのせいで別れるんだろうなと彼女の気持ちを勝手に軽く決めつけてギリギリまで伝えずにいたのも。最近じゃ国籍を変えることだって、相談というよりは決定事項に近い形で彼女にその話題を振った。それでも俺に文句を言うことなくきちんと理解した上で受け入れてくれて、こうして長い間関係を続けてくれている彼女を、手放そうなんて考えは俺にはどうやったって生まれてこない。あと何年この関係が続こうが、たとえずっとこのままだとしたって。

心は自分で決めた目標も達成できずにどうして俺の横に並べるのかと、そう言ってくれたんだ。これは心のためであって俺のためでもある。こんなにも自分に対して真剣に向き合いぶつかり合ってくれる人なんてそうそう現れない。いや、彼女の他にはいないだろう。そう思わせ続けてくれるから、俺はこうして何年も彼女との関係を続けられているんだ。

俺の描くビジョンには俺以外の誰も入り込ませる隙なんてなかった。その考えがそもそも無かったの方が正しいだろうか。一筋縄ではいかない俺の人生の難解さは自分自身が一番よく解っている。だから将来を思い描いた時、それに巻き込むような形で引き摺られた誰かが、俺の横に立ってくれているだろうなんてそんな勝手な想像すらできなかった。

そこに自ら巻き込まれに来てくれたのが心なんだ。でも決して俺に引きずられようなんてそんな考えは持ってなかった。彼女は意地でも俺と並走するつもりだ。俺が引っ張るでも無理矢理引きずるでもなくて、手を取り合って同じペースで隣を自らの足で走ろうとしてくれている。今はその準備期間だ。彼女が自ら塗り替えに来てくれたおかげで、イメージすらできなかった俺もこうしてはっきりとした新たな未来を思い描けている。

俺のやりたいこと、考え方を否定せず理解を示してくれる彼女が自らやりたいと言ってることにくらい、しっかりと寄り添ってあげたい。

彼女の目標に対して俺に出来ることは何もないけど、彼女も俺のバレーに関して出来ることは残念ながら一つもない。それでも、とても力になる。考えを否定しないで尊重してくれる。いつだって信じて見ていてくれる。直接はなにも出来ないってだけで、俺は彼女に随分支えられていることをきちんと実感している。だから俺も同じように心のことを応援してる。これが俺たちのやり方だと思ってる。


「それだけ大切で大好きな彼女とずっと一緒にいられることになったら、トオルは毎日幸せすぎて泣いちゃうんじゃない」

「トオルならありえる〜」

「否定は確かにできないけど、何さそのにやけた顔!もしかしてバカにしてる!?」

「してないしてない」

「早くその姿見たいだなんて思ってない」

「してるじゃんか!!みんな俺たちが羨ましすぎてハンカチ噛むくらい目の前でいちゃついてやるからな!!」

「……ハンカチ?」

「ハンカチは噛むものじゃないだろ?」

「日本の漫画的表現伝わらないの悔しい!!」

「HAHAHA、トオルは愉快だなぁ」


確かに辛いことの方が多いけど、彼女とのこの関係も意外と悪くはない。そりゃ早く会いたいし、出来ることなら毎日一緒にいたいけど。でもこんな経験他のやつらは滅多にできることじゃないだろ?

この長い期間が教えてくれたたくさんのこと、全部全部大切にしていきたい。きっとここで感じたことの全てがこれから先も俺たちを強くして、結びつきをより太くするための大事な養分となってくれるはずだから。


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