2021年8月4日
「明日は何時頃会場くるの?」
『周辺混みそうだし、少し早めに到着する予定にしてる』
ググッと大きく伸びをしてストレッチを終えた。そのまま倒れ込むようにベッドへと背中を預ける。心の声を聞いていると、不思議と途端に眠たくなってしまうのだ。
少し前までは電話だってお互いの都合があるからそんなに頻繁には出来なかったし、出来た日はそれだけで飛び上がるほどに嬉しくて、眠いだなんてこれっぽっちも思わずに一秒でも長くその声を聞いていたいと思っていた。もちろん、今だってそうだ。
それでも気を抜いたら目蓋を閉じてしまいそうだった。ここを飛び出してしまえばすぐに会いに行けてしまうほどの距離にいるのだという心の余裕と安心感がこうさせるのだろうか。一日の終わりに彼女の声が聞ける。それがどれほど自分の体の疲れを取るのか、それをここ数日で強く強く実感していた。
『……明日、楽しみだな』
「うん」
小さく呟かれたその言葉に返事をする。俺も、楽しみだった。明日の試合。この瞬間が。ふっと思わず笑い声を漏らすと、同じように笑った心が「もう楽しそうだね」と嬉しそうに声をかけてくる。
「そりゃあもちろんだよ」
いつだって一試合一試合を大切にしている。相手がどこの誰であろうと勝つために全力を尽くす。一切手なんて抜いてやらない。相手のためではなく、自分のためだ。気を抜いたら取り残される。そこで得られる経験値を自ら手放すことになる。もっと上へと登れるように、常に自分に問いかけながらプレーをする。
必ず勝てる相手なんていない。負けて良い試合なんてない。舐めている相手もいない。自分の成長をそこで止めない。一戦一戦に優劣をつけることなく、常に平等に向き合ってきた。
もちろん明日もそれは変わらない。だけど、明日は、いつも通りであっていつも通りではないんだ。
この日をずっと待っていた。公式戦での日本代表との対戦。あいつらとコートを挟んだ殴り合い。それがこんな大舞台で実現するなんて。流石にいつも以上に興奮していた。
倒したい奴がいる。俺を知らずに同じ時代にバレーボールをしてきたやつらに、知らしめてやりたい想いがある。証明したいものがある。守りたい約束がある。
“お前は多分じいさんになるくらいまで幸せになれない”
いつかの岩ちゃんの言葉が頭の中に流れてきた。あの時は呪いだなんだと茶化してはみたけど、この言葉はよく的を得ていると思う。
俺はきっと、そうなんだろう。
明日の試合は楽しみだ。だけど、一つの大きな通過点でしかない。その試合に勝っても負けても俺のバレーボールが終わるわけでもなく、満足が得られるわけではないんだ。
『見てるからね』
「うん。よろしく」
一生続いていくんであろう俺のバレーボール人生の、いつも通りで、いつも通りじゃない。そんな明日がもうすぐにやってくる。