2017年8月15日
都心からは離れたこの州は、少し移動すれば自然豊かな大地が広がっている。声も出さず、ただ静かにハァと感嘆の息を吐いた私に徹はにっこりと笑った。俺が初めて来た時と同じリアクションしてる。そう嬉しそうに言いがらこちらにカメラを向けた彼は、スケールの大きすぎる景色に圧倒されている私を一枚の写真に収め、スマホに記録されたそれを確認した後、自身もこの自然達に浸るようにぽつりぽつりと言葉をこぼした。
「電車に少し乗れば、栄えた場所にも、こうして自然豊かな場所にも出れる。流石にここまで大自然!って訳じゃなかったけどさ、この感じがなんだか宮城にいる時と近いような気がして、そういうとこも気に入ってる」
「見える景色は全然違うけど、でもこの空気感は確かになんか懐かしくなる。その感じ、わかるな」
「でしょ」
ニッと大きく口角を上げた徹は、広大な自然を背景にスマホのインカメをこちらに向けて、もっとこっち来てよと私の方へと寄ってくる。もうこれ以上は近づけないよと思わず笑ってしまう程にほとんど重なった体勢でシャッターを切ると、彼は満足そうにしながらも「もう一回」と言い再びカメラを構えた。
「撮るよー」
はいチーズと何とも日本人らしい掛け声をかけた後、そのままシャッターが切られる。と、思ったら徹は素早く私の頬に手を添え顔を横に向けた。瞬時に重ねられた唇に驚く間も無く、カシャッと小気味良い音が響く。
「ちょ…っと!他に人いるじゃん!!」
「そんなに多くないし良いじゃんか」
「そういう問題じゃないって!」
「えー、でも周りよく見てみなよ。みんな俺たちのことなんて見てないし、もっとすごいよ?」
ブーブーと子供のように口を尖らせる徹に言われた通り辺りを見渡してみる。これでもかというほどくっついて撮影しているカップル、抱きしめ合いながら撮影する夫婦、ドラマのような絵になる熱いキスを交わす二人組がちらほらといた。家族連れや友達同士で観光を楽しんでいる他の人達も、徹の言う通りその人たちには目もくれずに各々楽しんでいる。
「……でもやっぱ恥ずかしいものは恥ずかしいから」
きっと私がこう言うこともわかっていたんだろう。ちぇ、なんてわざとらしく不貞腐れたようにしながらも、徹は「じゃあこの写真はレア物だね。絶対消さないようにしなくちゃ」なんて言って、ニヤニヤと画面を見せつけるようにしてくる。そんな彼の肩を小突いて赤い顔を隠すように俯くと、楽しそうに笑った彼がポンと私の頭に手を置いた。
「どう?いい国でしょ!」
「うん」
「もっと時間があれば、もっといろんなとこにも行けるんだけどね」
「残念。でも一気に楽しみすぎちゃったらもったいない気もするから、今度連れてってね」
「心の好きそうな所たくさんあるよ」
「それは楽しみだ」
テレビやネット、徹の話から情報を得てイメージすることしか出来なかった彼の住む国を、こうして実際に見て回れる。良い所なんだろうな、と想像で終わっていたけれど、良い所だと、これからは確信を持って肯定できる。
私よりもうんと背の高い彼の肩に頭を預けた。柔らかな風が笑うように肌を撫で、ひらひらと髪の毛先を揺らした。そっと私の肩を抱いた徹の手に自分のそれを重ねる。彼がもう一度私の肩に手を置き直して、冷えきった私の指先を温めるように、手のひら全体を包み込んだ。
静かに見上げた私に気がついて目線を下げた徹の優しい表情も、空気も、風も、気温も、空の高さも、その全てを感じるままにしっかりと脳裏に焼き付けた。