2015年9月26日
急に電話がかかってきたのは、仙台駅に新幹線が到着した直後のことだ。狙ったかのようなタイミング。まだ朝と呼んでも良い早い時間帯。人もまばらにザワつくホームでその電話をとった。
『今どこ?』
「仙台駅、の、新幹線のホーム」
『そう』
そう言われると同時にシュンっという音と共に写真が送られてくる。駅前の早朝から開いている見慣れた喫茶店だった。改札へと続く道のりを歩きながら、これはどういうことなんだろうと首を傾げていると、今ここ居るんだけど、と言葉が続けられ、『荷物とかそんなに無いよね?あと十分もあればつける?』なんて落ち着いた声が聞こえてきた。
「よっ、久しぶり」
「久しぶり。いきなりびっくりしたよ」
「こんな朝からお疲れ様」
コーヒーで平気?という優しい声に「うん」と返して席につく。
「松川くん、こんな朝からこんなとこで何してたの?」
「高杉さんのこと張ってたの」
「……え?」
店員さんが早速コーヒーを持ってくる。湯気の立つそれを見た彼は「冷めないうちにどうぞ」と柔らかく言った。一口飲めばほろ苦い味が広がって、スゥッと淹れたての良い香りが鼻を抜けていった。松川くんは、私を見ながら「意外と普通そうで良かった」なんて優しい顔で笑う。
「及川がね」
「徹?」
「明日高杉さんが仙台に帰るはずだから話聞いてあげてって」
「…………」
昨日の徹からの返信では、松川くんのことなんて一言も書いてなかったのに。
あの後、返信はいらないと伝えたにも関わらず、こちらの様子を伺うようなメッセージが届いた。そりゃあ心配はさせてしまうよなぁと反省しつつ、明日は朝の新幹線で一度実家に帰ってゆっくりしようと思うから大丈夫だと答えた。それには抱え込みすぎないでねと、それだけ返信が来た。ありがとうと一言送って、そこで会話は終わっていた。
松川くんは黙り込んだ私に「及川もそうだけど、こうしてちゃんと来てあげた俺も優しいと思わない?」と少し茶化すように言う。松川くんの元に慌てたように徹から連絡が来たのは昨日の晩。時間がないからと簡潔にまとめられていたメッセージに、私のことが書いてあったらしい。
「松川くんは、いつも優しいよね」
「ん」
にこりと微笑んだ松川くんは、早速だけど俺で良いなら何でも聞きますよ。と背もたれに背中を預けながらこちらを見た。くだらないかもしれないよ?と一応確認してみると、残り少ないカップの中身を一気に口に含んだ後、「それでもいいし、聞いてみないとくだらないかどうかはわからないよね」と落ち着いた声でそう言った。
漠然とした不安や不満。何に対してかわからない原因不明のストレス。嫌でも感じてしまう焦り。急に襲いかかってくる虚無感。拭えない寂しさ。
言葉に出来ないものを無理矢理言葉にしたから上手く伝わっているか心配になる。とても聞き辛いと思うのに、松川くんは辿々しい私の話をじっくりと最後まで聞きながら、時折うんうんと相槌をくれた。
「俺もあるよそういうこと」
「ほんとに?」
「あるでしょ誰でも、生きてるんだから」
「松川くんもあるんだ」
「もちろん」
フッと笑った松川くんは、原因がわからない時は無理に突き詰めない。こういうこともあるって割り切って受け入れるのも一つの手。こうして誰かに話すでもいいし、何か気を紛らわすことをするでもいいし、とにかく気持ちを塞ぎ込みすぎないように出来れば良い。出来なかったら誰かに頼ればいい。及川とか、もちろん俺とかもね。そう静かに話した。その言葉たちはスゥっと心に入って来る。
「にしても及川も心配性だよね」
呆れたように笑いながらおかわりを頼んだ松川くんは、優しく目を細めながら「安心するよ、そこまで及川が高杉さんのことちゃんと考えててさ」と言って、届いたコーヒーに口をつける。
「あの及川にそんな相手ができて良かったよ、ありがとね」
「うん……?」
「ははっ。遠距離恋愛、しかもこの距離。それ決断できるのって凄いことだよ。根気とか努力とかの前にさ、お互いに離れたくないっていう相当強い気持ちがないと出来ないことじゃん。好きだとしても、そこまでは無理だなって判断もあるわけでしょ。俺は実際そうだったし」
簡単なことじゃない。その選択は確実に厳しく辛いことの方が多いとわかっていながら、あえてその道に飛び込み、それを続けらえる熱量をお互いに維持したままでいる。本気で尊敬してるよ、と笑った松川くんは「で、高杉さんの悩みはなんだったっけ?」なんて言って首を傾げた。
「……何だっけ」
「ははっ」
「なんか、いつの間にかスッキリしてた」
「それは良かった」
「……松川くんって本当にこういう役割上手いよね」
「どうも。惚れた?」
「徹のプレーを見る前にちゃんと出会ってたらそうだったかも」
「あらら、それは惜しいことしたな」
冷静に物事を考えながら、誰にでも親身に寄り添ってくれる。そんな松川くんと私は徹との関係が始まる前からそこそこ仲は良かったけど、今もこんな風に会える関係を続けられているのは、確実に徹という共通点があるからなのだ。
「もう少し早く出会ってたら高杉さんの彼氏は俺だったかもって言われたって及川に送っとこ」
「え、やめてよそれ後で絶対面倒くさいことになるって」
離れている徹に支えられている。それを強く実感する。こうして彼が裏で動いてくれて、そんな彼に協力してくれる人もいて。その関係性が築ける彼らも、私たちもすごいんじゃないかなんてそんなことを思った。
徹のことはもちろん、彼だけでなく、その周りの全ても大切にしたい。