2021年7月30日

サーブとは、仲間に繋ぐ事が重要なバレーボールで唯一孤独なプレーであり、一人の力で得点ができる唯一のプレー。元々は文字通り「奉仕する」という意味で、単に「ラリーのスタートの為にボールを打ち出す」行為であった。だがバレーボールが進化していく中でサーブは、威力も、目的も、見た目でも、最も変化・進化してきた。

そして、現代、バレーボールにおいてサーブは、ブロックという壁に阻まれない究極の攻撃となる。


「誰あれ!」

「セッターだよ。今日は他のセッターが出てるからピンチサーバーとして出てるけど」


周りがよく見える。視界が広い。コートの外側から今日の試合をじっと見てきた。

誰がイラつきやすいのか、レシーブの穴はどこか、誰の調子が良いか、崩れた時にどこが多く使われるか。もちろん相手ばかりじゃなく、仲間の状態も。


「噂の国籍変えたセッターか」


プロになればいつだってセッターとしてコートに立てるというわけじゃない。対戦相手のとの相性、いろんな戦略、状況がある。その中で与えられた役割をどう全うするかが重要になってくる。

今日これまでのセットはピンサーとしてコートに立った。ここぞという時に大事な場面を任せてもらえる。それは自分がサーバーとしても信頼をもらえている証だからとても嬉しいことだ。


「3セット目の中盤まではいい感じだったのに、そこからあんまり調子上がらないな。今日は負けんじゃねぇのアルゼンチン」


そんな声が聞こえてくる今、セットカウントは2−2。今日の試合で勝った方が決勝進出確定の大事な試合だ。言われた通り途中で崩れてからいつもの調子が取り戻せずに苦しい展開が続いていた。コンパクトとはまた違う、窮屈な試合運び。小さく狭く苦しい攻撃。誰が悪いわけでもないけど、相手にやられているというよりは自滅に近い形だった。


「あっ、セッター交代する。さっきのセットでピンサーしてた人だ」

「少しくらいは流れ変わるかな」


息苦しい空気を吹き飛ばし、暗い視界をこじ開ける、チームを変える完璧な一本が欲しい。誰もがそう思うこの場面をこうして任せてもらえるのもまた嬉しい。


「ハァイ、落ち着いて」


なかなか決めきれていなかったエースの背中を叩いて小さく耳打ちする。別に作戦なんてそんなものはない。アドバイスもない。今この場面、この状態でかける一言なんて、きっとこれ以外にはないんだ。


「安心して飛べ」


スパイカーに対する絶他的な信頼。一人残らずちゃんと強いと証明してやる。

ここにいるのは“強豪の高校の上手い選手たち”じゃない。アマチュアによくある誰か一人の圧倒的な力や運でのし上がっていくことは不可能。それだけじゃこの場所には来れない。一人一人、相手も味方も全員が間違いなくトップレベル。頂点に近づけば近づくほど、個々の力の差は縮まっていく。そうなった時、最も大事になるのは個人よりもチームの力だ。

6人で強い方が強い。学生時代に何度も言い聞かせたそれをもう一度心の中で唱える。

オーケストラは音が重要だ。奏者が一番気持ち良く奏でられなきゃ良い音は生まれてこない。俺はただ指揮をするだけだ。奏者をよく見つつ一人残らずみんながしっかり不快感なく音を合わせられる指揮者でなければいけない。誰もが心地良いリズムで、楽団全員が伸び伸び演奏出来るように。


「アルゼンチンって個人個人の力も確かに強いけど、あの国みたいなズバ抜けたエースがいるって印象はそんなにないよな」

「でも強ぇよな」

「この数点でいつの間にか調子戻ったなぁ」


ハイタッチをしながらもう一度コートを去る。うちのチームにさっきまでの窮屈さはもうない。それに口角を上げながら、あと数点で決着のつく勝負の行方を見守った。

ボールが地面に食い込む。それと同時に試合終了の音が響いた。


『勝者アルゼンチン、決勝トーナメント進出です!』


会場に響いたその声に、ドワァーと客席が湧いた。輪になって飛び跳ねる仲間たちと共に一緒になって騒ぐ。予選突破は決まったが、予選リーグはまだあと一日ある。気を抜かず、先を見据えすぎず、目の前の試合に目を向けながら今日の勝利を喜んだ。


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