2013年9月21日

神様でも岩ちゃんでもいいから、気合い入れに俺の頬を一発叩いてくれないか。


「…………」

『…………』

「…………」


ヤバい。気まずい。ヤバい。今時間ある?と送ったメッセージにはすぐに既読がつき、うんと短い返事が時間を開けずに返ってきた。何が今時間あるだよと送った直後に後悔し、メッセージの送信取り消しを行う時間すらないほどの早さだった。

その後急いでかけた電話にも無視せずに出てくれた心。気持ちを落ち着かせたかったのに、たったのワンコールで繋がったそれは俺にそんな余裕も与えなかった。もう少しだけ、せめてあと一分くらいは待ってからかければよかったなんて思ってももう仕方がない。出だしからフルでこんがらがって全く上手くいってない自分の不甲斐なさに落ち込んでいる暇すらなかった。

「もしもし?俺」から続きの言葉が何も出てこない。なに、もしもし俺って。詐欺じゃないんだから。湧いてくる恥ずかしさを堪えながら、何を言おうかと思考を巡らせる。

まずはこう言おうとか、これは伝えたいとか、これだけは言わなうちゃとか、たくさんたくさん考えて頭の中でシミュレーションをした。はずなのに、肝心なところで全部吹っ飛んでいってしまって何も出てこない。頭の中が真っ白になるってこんな感じなんだ。なんて思わず感心してしてしまうほどに、今の俺は焦りに焦っていた。

何考えてたっけ俺。何が言いたかったんだっけ俺。ポンコツな自分の脳みそを呪う。でも何よりもまずは謝らなきゃいけない。他の何を伝え忘れたとしても、どんなに言葉が上手くても下手でも、この一言だけは決して忘れてはならない。ごくりと音が鳴るくらいに息を飲み込んだ後、意を決して口を開いた。


「本当に、ごめんなさいっ!!」


あんなこと言って、傷つけて、そして勝手にまた別れるのかもなんて思って、ごめん。こんなに待たせて、なのに全然上手く会話が進められなくてごめん。

電話越しじゃ心には見えないのはわかっているけど、思わず九十度に頭を下げた。ビュッと風を切った音だけは届いたのか、驚いたような声を漏らした後に、ふふっと控えめに心は笑った。

スマホが壊れるんじゃないかってほどに握りしめる。手のひらは赤くなっているかもしれない。耳元に届く心の優しい笑い声に安心する。俺はこの優しさを蔑ろにした。後悔をしてもしきれない。責めてくれたっていい。怒ってくれたっていい。どんな言葉をかけられたとしたって、俺が心に与えた傷の方が絶対に痛いはずだから。

ギリギリと奥歯を噛み締めながら心の返事を待つ。のに、心は先程の笑みをどんどん深くするようにだんだんとその音量を大きくして、それもうお腹抱えて笑ってない?だなんて思うくらいに大声で笑い出した。


「……え、ちょっと何、俺何か面白いこと言った?」

『ううん』

「じゃあなんなのさ」

『徹がすごく気まずそうにしてたから』

「するでしょ!?俺喧嘩したの心とだよね!?なんでそんな感じなの!?」


意味がわからない。頭を抱えた。心のこと傷つけたよね?ひどい事言ったよね?それから今日まで連絡しなかったよね?結構俺たちピンチだったよね!?

本当によくわからない。やっとこさ笑い声をおさめた心は、私は別に怒ってないよなんて言いながら、もう一度込み上げてきてしまったらしい笑いを抑えるように小さくふっと息を吐く。


「俺に気使ってない?」

『ううん』

「嘘だよそんなの!」


嘘じゃないよ。そうはっきりと答えた心は、『言われたことは確かに悲しかったけど、いろんなことが重なってそうだなって思ったから私も色々反省した』と静かに続けた。


『だからルールを作ろう』

「ルール……?」


ね!と急な提案をする心に首を傾げる。彼女は『そう』とプレゼンをするみたいにハキハキとした口調で、未だ話がよくわかっていない俺に説明し出した。


『約束してても、しんどかったら無理に電話はしない。もちろんメッセージの返信とかも含めてね。これからお互い忙しい時期だってやってくるし、私も徹も自分のことで精一杯になっちゃう瞬間だって必ず出てくると思う。その時は遠慮せずにしっかり相手にそれを伝える。我慢はしないようにしよう』

「うん」

『会えないからこそ、見えないからこそお互いストレス無く関われるように工夫していかなきゃ。ダメな時はダメってちゃんと自己申告していこう。申し訳ないからってマイナスな気持ち抱え込んだままだと、きっとこれからもこういうことを繰り返しちゃう。そうしたらいつかきっと、多分、だめになる』


だから思ってることは積極的になんでも伝えようと宣言した心は、『私もちゃんと言う』と小さくつぶやいた後、スゥっと短く息を吸った。


『徹が言ってた通り、私は思ってることちゃんと伝えてなかった。私が自分でこっちに残るって決めたから、今まではそんな簡単に会いたいとか言えないって思ってたけど、やっぱり声を聞くたびに今すぐ会いたいって思うよ。美味しいもの食べたら一緒に食べたいって思うし、流行りの場所には一緒に行きたいって思うし、いつだって声も聞きたい。いつも寂しい』

「……うん。俺も。俺もそう思うよ」


初めてみる日本では見かけないものを見た時、ここにもし心がいたらどんな顔をするんだろうとか、駅前み美味しい店を見つけた時は、次の休日に一緒に行けたらどんなにいいだろうとか、他にもたくさん、たくさんそういうことを考える。考えて考えて、声が聞きたくなって。それで声が聞けたら今度は姿が見たくなる。画面越しじゃなくて。この目で直接見て触れたい。寂しいと思わない日なんてない。

こんなにも遠く離れているのに、心のことを遠い存在だとは思えなかった。直接抱きしめられないけど、こうして心はいつだって俺に直接気持ちを届けてくれる。心はここにはいないけど、それでも確かにここにいるんだ。

どうにかして、出来るだけいつも俺の側に居ようとしてくれているのがわかる。俺も出来るだけ心の側に居たい。

俺がこの前そうだったように、きっと心にも上手くいかない日はあって、強くあろうとしてもそうは出来ない日だってある。イラつきもすれば悲しくもなって、寂しくもなれば虚しくもなる。毎日楽しい嬉しいという前向な気持ちばかりでは生きてられない。


「前から心が本音言うの我慢してるのには気づいてた。俺のためだって解ってはいたけど、それがちょっと寂しかったんだ。俺も、もっとちゃんと意識する。どうやったら心とずっと一緒にいられるか。もっとしっかり考える』


どうしようもなくなって、無理矢理仕事を休んで、すぐに新幹線や国内線に乗り込めば、距離が離れていたとしてもたった数時間で会おうと思えば会いに行ける。俺たちにはそれが限りなく不可能だ。

国内と国外。その差はとても大きい。下手したら自分たちの覚悟以上に。

地球の裏側同士。世界で一番時間も金も労力もかかる。それをもっと、お互いに意識していかなきゃならない。


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