2013年9月20日

『クソ野郎だとは思ってたが本当にクソだな、クソ及川』

「何回クソって言うの!?……でも今回ばかりは何も言い返せない」

『早く謝ったほうがいいんでんねぇの』

「マッキーは簡単にそういうこと言う」

『簡単じゃん、ごめんなさいって言うだけでしょ』

「それができないんだって!まっつんだってわかってるくせに!」


心に謝れないまま数日が過ぎた。毎日続いていたはずのメッセージのやり取りも、あの日からずっと止まったまま。あの通話を最後に動かないトーク画面を見るたびに心がスッと冷たくなって、背中に嫌な汗が伝う。どう考えたって俺が悪いことは分かってはいるけど、それでもなかなか勇気が出ない。笑っちゃうよね、こんなに自分が弱いなんて、今の今まで知らなかった。

彼女なんて今まで何人もいた。取っ替え引っ替えしていたわけじゃないけど、結果的にそう思われても仕方がないかもしれないというくらい、一人一人との期間は短かったと思う。長く続いたって数ヶ月。一年以上付き合った女の子なんて今まで一人もいなかった。

バレーばっかでつまんない。バレーと私どっちが大事なの。そんなことを聞かれたことだってある。自覚がしっかりとあるくらいには俺は生活と思考の大半をバレーボールに賭けていて、そして指摘されたとしたってそれを辞めるつもりもない。俺がバレーに時間と気持ちをかけ過ぎて、彼女への連絡とか一緒に居れる時間が取れなかったり、こうして自分の気持ちがコントロールできなくなってちょっとキツいことを言ってしまったり、きっかけは違えど別れるときの理由はこうして毎回同じだったんだ。

そしていつも諦めてた。そういう雰囲気になってしまったら、俺は一度も引き止めることなく彼女たちとの関係を解消してきた。そんなことないよなんて言葉で繕うこともせず、バレーの時間を削って彼女のために動いてみたりもせず、考え直してよと腕を引くこともしなかった。

なんとなくお互いの醸し出す空気で、あぁこのまままた近いうちに別れちゃうのかなって予想が出来ても、ギクシャクしたその流れのままに終わりを迎えた。


「俺、ダメダメだ……」

『今更気づいたのかよ』

『及川はいつもそうじゃねーか』

「ちょっとどういうこと!?」


マッキーも岩ちゃんもいつもながらに容赦がない。こんな時くらい少しは優しくしてほしい。せっかく四人でグループ通話なんてものをしてみてるのに、さっきから責められてばっかだ。まぁ、全部俺が悪いんだけど!わかってるよ!


「……こんなこと言うのもアレだけどさ、俺いっつもこういう時女の子に幻滅されて別れてのパターンだったじゃん。だから、連絡取りづらいんだよね」


心を他のその女の子たちと比べているわけではないけれど、今まで別れるという結末を回避したことがないんだから、どうしたって怖くなる。別れを告げられたらどうしよう。別れたくないといくら思ったって、それこそ俺が自分で言ったように俺は日本にいないだから心に何も出来ないじゃないか。

素直にそう吐き出せば、豪快な三人分の笑い声が耳に届いた。なんだか楽しそうにも聞こえる。それに少しムッとすると、ひとしきり笑った後にまっつんが口を開いた。


『及川は可哀想だなって、前から思ってたよ』


そんなまっつんの言葉に、なにそれどういうこと!?と激しく突っかかった。可哀想ってなにさ。そんなこと思ってたの。


『お前ってちゃんと性格悪いっていうか、めんどくさいじゃん。それもかなり。でも見た目が変に爽やかでとっつきやすくて優しそうだから、女の子たちは付き合う前にそれをベースに理想を作り上げちゃうじゃない。で、いざ付き合ってみたらその抱いてた幻想と、実際のお前のギャップに打ちのめされて幻滅されちゃってるじゃん。それがなんか可哀想だなぁって、お前が振られるたびに思ってた』

『爽やかさとはかけ離れてるドロッドロな考え方してるもんね、及川は』

「待ってツッコミどころ多いんだけど!めんどくさいのはちょっと、ほんの少し、まぁ多少は?自覚あるけど……性格は悪くないし!見た目通りだし!それに振られてるんじゃなくて俺が振ってるんですー!」

『あの人数振ってんならそれはそれでクソだろ。見た目通りに性格悪ぃぞ』

「うるさいやい!あとドロドロなんてしてないし!ミントみたいに爽やかだし!」

『歯磨き粉みたいにね』

「もったり寄りのドロドロじゃん!何それちょうイヤ!」


好き勝手言ってくる手厳しいかつての仲間たちに頭を抱える。でも悔しいことに本当のことだった。俺のことをよく知っているし、理解してくれていると思う。

そんなに俺のことについて言えるなんて、ほんと俺のこと大好きだよね!と言えば、『俺は結構お前のこと好き』なんて事を恥ずかしげもなくまっつんが言い出すからこっちの方が恥ずかしくなった。俺がこういう反応するってわかってて言って来るんだから本当にタチが悪い。でも、まっつんは学生時代にもたまにこういうこと言ってたな、なんて、思い出してはまた少し気恥ずかしくなる。


『俺は昨日高杉と飯に行ったんだけどさ』

「嘘!?俺聞いてない!」

『お前が連絡取れなくさせたからでしょーが』


心がマッキーとは卒業してからもたまにこうして会ったりしているというのは聞いていた。マッキーと心は俺と付き合う前から結構話す仲だったらしく、付き合い出してからは俺という接点を持ったからかさらに親しくなったみたいだ。異性の友達といえばお互いにお互いの名前を出し合う程度には交流が深い。


「………心、なんて言ってた?」

『もう徹とは別れる〜〜』

「エッッッッッ」

『嘘』

「ちょっと!!」

『コワいコワい』

「やめてよ今はそういう冗談!笑えないって!」


焦りながら声を大きくすると、『ウルセェ』とイラついたように岩ちゃんは低い声を出した。姿は見えないのに今どんな顔をしているか簡単に想像がつく。「そんな鬼みたいな声出さないでよ」なんて返してみても、岩ちゃんは俺のその言葉を無視して再度口を開いた。


『今までの女たちと高杉比べてんじゃねぇぞ』


思わず押し黙る。茶化すような返事なんて出来ない。


『さっきの話の続きになるけど、高杉さんは及川にそんな幻想抱いてないよね』

『性格悪いのと泥臭いの知って近づいてるしなー』

『今更性格の悪さとめんどくさいの抑えようとか思われてもねぇ……』

『その思考がもうめんどくせーわな』

「ぐ………!」


まっつんとマッキーは揶揄うような声色で俺の様子を伺うみたいい会話を続ける。止めさせたいのに、完全には否定もできないから何もできない俺の心境を察したらしい二人は、態とらしくケラケラと笑って言葉を続けた。


『別れるなんて言ってはなかったけど、相当落ち込んではいるみたいよ。及川の今後の出方次第では危ういかもね』


マッキーは軽々しく言ってくる。直接心に会って話を聞いたのはこの中ではマッキーだけだ。どの程度落ち込んでいたのかを聞きたかったけど、悲しそうな心の様子を人から聞くことも、そうさせてしまったのは間違い無く俺なのだという事実も悔しくて虚しくてこれ以上は踏み込めなかった。


『俺の方が今は高杉に会ってるし?及川よりも俺の方が高杉のことよく理解してるかもよ?』

「そういうこと言わないでくれる!?」

『及川がそう高杉に言ったんでしょうが』

「あーーーっ!!!」

『ウルッセェな切るぞ!!』


とにかくお前はうだうだ言ってねぇでしっかり謝ってもっと話し合え。会えねぇんだったら他の奴らの倍話し合わなきゃならねぇだろうが。早口でそそう言った岩ちゃんが呆れたような大きなため息を吐いた。「もうこの話はやめだ」と言って話題を変える。たまに俺のことを弄りながらも変わらないままこうして話してくれる三人のこの声と雰囲気は、言葉になんてしないけどやっぱりとても安心した。

みんなと話してたら段々と心の声が聞きたくなってきた。俺は、俺自身のことばっかり考えて、心のことをそこまで考えられてなかったかと思う。あの日も、これまでも、そして今日も。

この先も傍にいて欲しいのなら、逃げてないでちゃんと向き合わないとダメじゃんか。


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