08



「倫太郎くん」

「………なに?」

「ここ座っていい?他に席空いてなくて」


めんどくさ。そんな感想しか出てこない。まだ話かけられただけだけどゲンナリする。

大学の食堂で友人達と昼食をとり、少し休憩していると友人達は次のレポートが終わってないことを思い出してそそくさと出て行ってしまった。

それと入れ替わりでやってきたのがこの女の子。名前は確か雪野さん。正直この人は苦手だ。理由は簡単。俺に好意があるから。


「いいけど俺もう行くよ」

「待って、少しくらい話そうよ」


下げようとしたトレーを掴まれてしまえば逃げられない。バレないようにハァと小さくため息をついて椅子に腰を戻せば、ほっとした表情を浮かべた雪野さんがありがとうと笑う。

別に女の子に好意を持たれるのが嫌なわけではない。俺も男だし、好かれるのは嬉しい。だけれど俺は周りに彼女がいることも隠してないし、彼女以外は見てないことも大っぴらに伝えているのにここまでの好意を剥き出しにされると厄介だなとは思う。

俺は元来冷たい人間なのだ。


「倫太郎くんはプロになるんだよね?」

「まぁ、Vから声はかけてもらってるしね」

「すごいなぁ」


ふわりと花が舞うようにニコニコと笑う。素直にこの子はモテるんだろうなぁと思った。実際友人達に雪野さんに好かれてるのが羨ましいと言われたことも多々あるし、モテるのだろう。

きみとは違う類のほわほわ。きみはどちらかというともう少しアホっぽくヘラヘラしている。本人に言ったら怒るけど。

緩めに巻かれたロングヘアーを揺らして話す仕草はザ・女の子というようで確かに癒されるのかもしれない。きみは朝弱いし滅多に巻いたりはしないのでいつもストレートだ。たまにデートに行くときに頑張って早起きして巻いてくれるのが嬉しかったりする。


「彼女さんとは順調?」

「うん」

「…どういうところが好きなの?」

「どこって…」


出たよ。なんで女ってこんなくだらない質問してくるんだろ。面倒くさいな。とは口には出せないので心にしまっておく。

くだらないと思いながらもちょっと考えてみる。

朝、辛そうにしながらもなんとか目を開けようと頑張る表情が、幼い子供みたいで可愛い。何とか起き上がってボーッと一点を見つめている姿はもっと可愛い。

甘いものを口いっぱいに頬張りながら笑うのがリスみたいで面白い。ホットのルイボスティーをお気に入りのカップで飲むときに両手を使うのが良い。

絵を描いている時の普段のヘラヘラしているような雰囲気を一切感じさせない凛とした空気感が心地良い。一生懸命に筆を走らせる真剣な眼差しに惹かれる。

名前を呼ぶと嬉しそうにするのが好き。腕を広げるとすり寄ってくるのが好き。抱きしめるとくすぐったそうに身をよじるのが好き。そっと目を伏せるのが好き。

優しいところが好き。すぐ泣くところも可愛いと思える。あまり怒らせたくないけど、怒ってるところも可愛い。


「…………全部」

「全部?」

「うん、全部好きかな」


だから君が入る隙間はないよ、なんて。別に告白されたわけでも、あからさまに面倒な態度を取られているわけでもないのに牽制じみたことをする。

好意を持たれるというのは確かに誇らしいことだけれど、この人だけだと決めた人が出来れば、それ以外の人から向けられる恋愛的な感情というのは正直戸惑う。

世の中の全員が同じ気持ちではないだろうし、俺を冷たいという人間の方が多いとも思うけれど、俺は生憎面倒ごとは出来れば避けたいし、無駄なことはなるべくしたくない。

でも前にきみが言っていた。

付き合って2ヶ月くらいの頃、俺が風呂に入ってる間にLINEで突然告白してきた女の子がいた。特別仲が良いというわけでもないけど良く話す後輩の女の子で、「彼女がいるのはわかっているのですが、気持ちだけでも伝えたいのでいいます」「好きです」と。

俺は別にLINEで特にやましい話なんてしないし、する相手もいないから通知は切っておらず、それをたまたまきみが見た。風呂上りの俺におどおどしながら「ごめん、わざとじゃないんだけど、通知表示されてて目に入っちゃって」と慌てて言い訳をしている彼女を宥めながらLINEを開いたらこれだ。

びっくりしたのとどう返せばいいのかと、きみに見られてしまったということが重なってハァとため息をついた。

告白する側は気持ちを打ち明けてスッキリするだろうけれど、今後気まずい気持ちになるのはこっちだ。無視をすることはもちろんできないし、返信も本当は「ごめん」の一言で済ませたいけどそうも出来ない。

自己満足に気持ちをぶつけるのはいいけど、こっちのことも少しは考えてくれという気持ちが伝わってしまったのか、俺の顔を見たきみが口を開いた。


「角名くん」

「ん?」

「私は、角名くんのことが好きです」

「………え、うん、俺もだよ」

「この女の子も、私と同じ気持ちだと思う。私は角名くんの彼女だし、こんなこと言うのも変なのかもしれないけど、好きって頑張って伝えてくれた子のこと、もしかしたら面倒くさいとか思うかもしれないけど、ちゃんと相手の気持ちも考えてあげてね」


完全にバレている俺の気持ちを否定はせずに、優しく諭す。確かに、何で好きになったんだよとかそこまではさすがの俺でも思わないし、好きになってくれたこと自体はありがたいことだなとは思うのであの時全面的に負の表情を顔に出したのは相手にも悪かったかもしれない。


「雪野さんもさ」


かと言って、俺のことを好きでい続けられるのも困る。きみ意外はありえないと本気で思うし、早く諦めてもらった方がきっと相手のためになるのだ。

相手の気持ちを考えている風でやっぱり俺がただ面倒事を遠ざけたいという気持ちが強いんじゃないかとも思うけど、俺のこの考え方は今更変わらないのでもう仕方がない。


「きっとこうやって想ってくれる男の人、すぐ出来ると思うよ」


それは、俺ではないけれど。





「もしもし」

『もしもし!』

「元気だな」

『角名くんがこんな時間に電話してくることなんて珍しいなと思って』


朝も一緒にいて、帰ればまた会えるのに。我慢できずに電話をかければちょうど時間があったのかすぐに出てくれる。


「きみの好きなところ考えてたら声聞きたくなっちゃった」

『え〜、何それ…どう反応すればいいの』

「照れてるでしょ?」

『何でわかるの!』

「声でわかるよ」


あー、早く帰って顔が見たい。抱きしめてキスをして、めいいっぱい甘やかして、一緒に寝る。

きっときみはまた恥ずかしがるけど、顔を真っ赤に染めて照れるのが見れるのは嬉しいし、恥ずかしがりながらも嫌がりはしないのもまた可愛い。

俺のことが好きなきみが、今日もこれからも好きだなと思う。




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