09



夏に行われるコンクールに向けて、最近は普段にも増してバタバタしている。大学生活ではおそらくこれが最後になるであろう大きなコンクール。なので周りのみんなもそれに懸ける想いが今までの比ではない。どうにかして今まで培ってきたものを全て出し切った最高傑作を描きたいという想いで、全員が各々の作品に真剣に向き合っていた。


「きみ…あー、ごめん、まだ取り込み中?」

「平気、何かあった?」

「明日から合宿だから声だけでもかけておこうかなって。忙しいところごめん」

「…え!?もうだっけ!そっか、世間は明日から連休か…」

「曜日感覚ズレすぎ。俺がいない間に倒れたりしないでね」

「ん、大丈夫。ごめんね何もできなくて」

「いいよ忙しいんだから。今日はまだやるの?」

「ううん、もう終わりにする」

「じゃあ、少しゆっくりしよ」


ポンポンと座っているソファの横を叩く。ここに座れということなので、大人しくそれに従う。するといつの間にやら用意したのかマグカップを渡された。私好みの甘さにまで調節されたルイボスティーをゆっくりと喉に通す。

付き合ってすぐは、さすがにここまで砂糖入れないよね?と言われながら私にとっては少し甘さが控えめに用意されていたルイボスティー。けれどもいつの間にやらこんなにも私の好みドンピシャの甘さを把握されている。

彼と共に過ごした月日の流れと、私のことをしっかり見て把握して考えてくれているんだなぁというのが凄く良くわかるので、角名くんがいれてくれるこのルイボスティーが私の大のお気に入りだ。


「お土産何がいい?」

「牛タンとずんだ」

「王道だよね」


ゆっくりと肩に腕を回されて、サラサラと髪の毛を弄ばれる。じんわりとした気持ち良さに目を細めれば、髪を撫でていたその手は後頭部に回されて、それと同時にフワリと一瞬唇が触れ合う。


「こぼれちゃうかと思った」

「何その感想、ちょっとはドキッとしてよ」


ムッとした目で見られながら器用に私の手からマグカップを奪い去ってテーブルの奥へと置く。もう少しだけ飲みたかったなぁと思いながら目でマグカップを追っていると、こっちを向けと言わんばかりにもう一度軽く重ねられた唇。それに釣られて視線を彼へと移動させた。

元から切れ長の目をさらに細めて、無言のまま時間が進む。見つめ合いながらシンと静まり返った部屋の中で、後頭部から耳、顔、鎖骨を撫でて背中へと移動した角名くんの腕と衣服の擦れる音だけが響く。もう片方の腕は私の右手を柔やわと握っている。

背の高い彼は座っても目線がかなり上にある。首が疲れてきて目を伏せると、それを合図に顔に影がかかって額に角名くんの唇が降ってくる。

キスと言うよりも触れられているというようなそれはとてもくすぐったい。耐えるように目を閉じると目蓋を撫でられる。そのまま流れるように頬を通過して首、鎖骨と移動してくる唇に身をよじる。

触れるか触れないかの微弱な刺激が絶妙で、耐えかねて思わず声を漏らすと、それまでとは段違いの勢いで鎖骨を吸われた。チクリと痛みが走るそれに目を開けて慌てて静止のための手を振ると、顔を上げた彼が何?とでも言うような疑問を浮かべた顔でこちらを見てくる。


「今、つけたでしょ」

「うん。でも見えないと思うよ、ギリギリ」

「ギリギリじゃなくて完璧に見えないところにして!」


まだまだ夏は遠いとはいえど、ずいぶん暖かくなってきた。そろそろ日焼け止めクリームを買いに行かなきゃと今日の昼間に考えたくらいだ。まだ半袖とまではいかないにせよ、服装はどんどんと薄手になっていく。当然首回りもゆったりとする服が多くなるため、この位置は大変服を選ぶことになるだろう。


「いいじゃん、見せれば」

「馬鹿なこと言わないで」


前回のことを全く反省していない様子の角名くんはケロリと言い放つけれど、私はあのあとあれを散々友人たちにネタにされた。もうあんな恥ずかしいのはこりごりだ。

不満の声を漏らしながら肩を押して距離を取ると、逆に肩を押されてその力に耐えきれずにゴロンと倒れ込んでしまう。肩を押す手をどけて私の顔の横に置いたと思えば覆いかぶさってきた大きな影に抵抗しきれずにかぷりと食べられるようなキスをされる。


「数日会えないんだから、少しは俺に優しくしてください」

「それとこれとは別だよ〜」


距離を保とうと再度肩を押してみるもピクリとも動かない。馬乗りになられた状態のまま降参だと手をあげればその手も簡単に絡めとられてしまった。

ちゅ、とたまにわざと音を立てるようにしながら休みなしに降ってくる唇を受け止めながらゆっくりと目を開けると、同じように目を開けた彼と至近距離で視線があった。


「なん、で目開けてるの、んっ」

「見えなくなるの、勿体ないじゃん」


恥ずかしいから目を閉じて、そう言いたいのに言葉を発する隙もない。顔を逸らして逃げようとするも、それに気づいたのか頬を固定されたあげく少しだけ開いた隙間から舌がねじ込まれる。しばらく口内を犯され耐えきれなくなって肩を叩くと、仕方がないなぁというようにゆっくりと離れていく。

てらてらと光った唇が妙に色っぽい角名くんはまた目を細めてフッと笑いながらペロリと自分の口の端を舐める。私といえば息が上がって言葉を発することも出来ずにそれを見ていることしかできない。


「かわいい」

「…すぐにそう言う」

「本当のことだよ」

「角名くんは、綺麗だよね」

「…え、どういうこと?」

「可愛いとかかっこいいというより、あっもちろんかっこいいんだけど、でも一番似合う言葉は、綺麗とか、美しいとかいう言葉だと思う」

「よくわかんないけど、それって喜んでいいわけ?」

「うん、すごい褒めてる」


ふわりとまた触れるような軽いキスを落とされる。それを合図にまた始まるキスの嵐。彼の首に手を回してそれを受け止めていると頭を撫でられる。長いキスのあとに閉じた目をゆっくりと開くと、いつの間にやら照明リモコンで消したのか室内が暗くなっていた。

月明かりに照らされて鈍く光る鋭くて綺麗な双眼に視線を奪われる。その目はギラギラとしていてまるで獲物を見つけた野生動物のようで恐れさえ感じる。


「色っぽい」

「俺が?」

「ん」

「色っぽいのは、きみだと思うけど」


グッと体重をかけられてソファへと沈む。二人の体温だけが静かに夜に溶けた。




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