03
「………で、結局何が言いたいん」
「俺の彼女マジ可愛くない?」
「ハァー!!きっしょ!!」
目の前で大声で汚い言葉を吐き捨てるのは、高校時代からの友人の宮侑だ。お前そんなキャラじゃないやろマジでキショいねんくたばれ!と、一息に俺に酷い言葉を浴びせる。そんな残念な彼だが、俺とは違い高校卒業と同時に名高いチームのMSBYブラックジャッカルに所属し、プロバレーボーラーとして第一線で活躍しているすごいやつだ。
さらにコイツ目当てのファンは現在のみでなく学生当時から存在する。アイドルばりに声援を浴びたり応援されたりと、どう考えても不自由ないような生活を送っていそうなのに、彼女はてんで出来ないらしい。やっぱ性格がアレだからなのかな。なんとも可哀想な男である。
「ホンマに角名の口から惚気が飛び出すなんて高校時代は考えられへんかったな」
「まぁあの時は別にね」
「別になんや、好きでもないのに付き合ってたってわけか」
「嫌いではなかったよ?」
「好きではなかったってことやん!?最低!」
「侑は人のこと言えんの」
ヴッとわかりやすく狼狽えて縮こまる侑は気まずそうに目線を逸らす。
「あの角名も変わるもんやなぁ」
どこか遠い目をしてそう呟いた侑は、何か言いたそうなのを飲み込むようにビールをあおる。飲み干すと同時に先程頼んでおいた次のジョッキが到着すると、テーブルに余っているつまみを食べながらこちらを見た。
「そんなに好きや思えるやつ出来るのは素直に羨ましいわ」
「俺自身もびっくりだよ」
「せいぜい振られないようにな」
「うん。離れて欲しくないから、精一杯頑張ってるつもり」
「ケーーーッ、さぶいぼしてきた」
結局侑は解散するまでずっとタラタラと文句を言っていた。それでも侑は心底彼女に入れ込んでる俺のことを馬鹿にはしない。根は良いやつなのだ。それをわかってるから俺も正直に全てを話している。
「ただいま」
「おかえり角名くん、侑くんどうだった?」
「相変わらずだよ。それより駅前の店がまだ空いてたからケーキ買ってきてみた。食べる?」
「食べる!あの店大好き!ありがとう!」
やった〜とはしゃぎながら俺の手からケーキの箱を取ったきみは台所へと去っていく。その間に手を洗ってリビングへ戻ると、ケーキを皿に移し替えたきみがどっちが食べたい?と聞いてきた。緩み切った口元がちょっと阿保っぽくて可愛い。怒られそうだから言わないけど。
「きみが選んで良いよ、俺はどっちでも良いから」
「じゃあ、こっち!」
「やっぱね。それ選ぶかなって思って買ってきた」
いただきます、と小さく手を合わせてケーキを食べる。基本的に甘いものが好きな彼女は幸せそうな顔をして食べ進めていく。とろけるように細められた目が可愛い。
「こっちも食べる?」
「いいの?こっちのも一口あげる」
「いや、いいよ。そっちのはきみが全部食べな」
え〜悪いなぁ、といいながらも嬉しそうに俺の皿から一口大のモンブランをすくう。先ほどのようにまた幸せそうな顔をしてそれを食べる彼女を見ていると、嫌いなわけではないけれど、さほど得意でもない甘いものでも食欲が湧いてきてしまう。
いつだったか、治が言っていた。幸せそうに食べるやつに悪いやつはいない。あの時は何言ってんだと思ったけど、本当にそうなんじゃないかと目の前の彼女を見ていると自然と思えてくる。
ケーキを食べ終わって一息ついていると、同じように食べ終えたきみがソファの背もたれに大きく倒れた。
「予期せぬケーキ。幸せ」
「そりゃ良かった」
「ありがとうね、角名くん」
そう言って首だけをこちらに向けて笑う。そんなきみを見ていると、今度は隣駅にできたらしい新しい店のも買ってきてみようかなぁなどと考えてしまう。彼女に甘いのは百も承知だ。
ニコニコと気分が良さそうなきみに覆いかぶさってキスをすると、驚いたような瞳がこちらを向く。俺はいつも、不意打ちでキスやハグをすると見せる、きみのこの少しぽけっとした幼い顔が気に入っている。
「モンブランの味した」
「美味しかった?」
「え、えー…………うん」
「何それ」
少し困ったようなきみが可愛くておかしくて笑うと、素直に美味しいって答えるのはちょっと恥ずかしいじゃん!と少しだけ頬を赤く染めた顔をする。
コロコロと変わる表情の全てが俺の心臓を刺激する。そっとこちらへ抱き寄せると、擦り寄るようにしてきみも自分から近づいてくる。その仕草にまた心臓を掴まれて、腕の中でモゾモゾと良い位置を探しながら動くきみを強く抱きしめる。
「うわっ」
「…可愛い」
「え?今のどこが?」
「全部。今日帰ってきてからもう何回も可愛いって思った」
「え〜」
ヘラヘラと笑いながら、少し恥ずかしそうにして俺の胸元に顔を埋めるきみを見ていると自然と笑えてくる。
「だから、そういうとこ」
「え?」
「そういうの全部可愛い」
「…角名くんの可愛いポイントがわからないよ」
困惑するきみに、わからないでそういう仕草をするところが可愛いんじゃん。と心の中で反論して、その口を塞ぐ。少しずつ深くしていくと最初は控えめに握られていたシャツをシワがつくくらいに強く掴んで、息を求めるようにして苦しそうに胸元を押してくる。
付き合って一年ちょっと。もう何度も何度も交わしてきたはずなのに、きみはいつまでだって慣れる様子はない。
「す、角名く、」
「首に手、回していいよ」
「ん」
「ほんと慣れないね。大丈夫?」
「うん」
「続きしてもいい?」
真っ赤な顔を隠すように少し俯く。同じくらい真っ赤な耳は隠せていないのがまた面白い。
「………うん」
だから、そういうところが可愛いんだって。
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