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※付き合って初めての10月31日


「待って待って角名くん痛い、何いきなり」

「何って、今日はハロウィンだよ」


どのチャンネルも同じような話題ばかりで少し飽きがきていたとは言え、いきなり後ろから首筋に噛みつかれるなんてそんなことは全く予想はしていなかったのでびっくりして体が大きく跳ねてしまった。慌てて後ろを向こうとするも、私の肩に顎を乗せた彼がそれを許さない。

十月の最後の日。今日は確かにハロウィンだ。けれど彼がこういったイベント事に精を出すような性格だとは思っていなかったため、いつも私が口寂しく思った時にこっそりと食べている小さなチョコレートを朝あげた。その時彼は「俺何にもお菓子もってないや」と言いながらそれを受け取ったが、別に私も期待をしていたわけではなかったので「気にしないでいいよ」なんて言って、私たちの今年のハロウィンはあっさりと幕を閉じた。

……と、思っていたのだけど。


「俺何もされてないんだけど」

「何もって何を?」

「悪戯」


少しだけ拗ねたようにそう言って、僅かに頭を動かし視線だけをこちらに向ける。ジッと見つめられること数十秒。なんか言ってよと痺れを切らしたのは角名くんの方だった。


「いたずら……?」

「俺お菓子あげてないじゃん」

「気にしないでいいよって言った」

「それに対して何も言ってないけど」

「…………」


確かに、思い返せばあの時気にしなくていいと言った私に彼は何も言わなかった。というよりもうこれで終わりだと勝手に思った私がそのままピーっと大きな音を鳴らし終了を告げた洗濯機の方にそそくさと向かってしまったため、そこでその話しは強制的に終了してしまったというわけだ。


「早く俺にイタズラしろよ」

「いたずらって命令されてするものなの……?」


ゴロンとソファに寝転がった彼は両手を広げながら「おいで」なんて言ってこちらを見上げる。


「あ、いつもの癖でおいでって言っちゃった。ごめん、来なくてもいいよ。いたずらして」

「え、いや、いたずらって?一体何をすれば?」

「なんでもいいよ。やってみな」


ほら。そう言って期待を込めた瞳でこちらを見る角名くんはなんだか楽しそうだ。いたずらをするのは私のはずなのに、なんだか私がいたずらされているような不思議な感覚になる。

何をどうしていいか本当にわからなくて、とりあえず彼の脇腹をくすぐってみた。私はこれをされたら笑いが止まらなくなって一瞬で全身の力が抜けてしまうのに、彼はうんともすんとも言わず静かに寝そべり無表情のままこちらを見るだけだった。


「俺くすぐり効かないから無駄だよ」

「えぇ……」


再び目を瞑って私からのいたずらを待ちながら静かになる。角名くん、と小さく話しかけてみても何も返事をしてくれない。きっと私が何かをするまで彼は反応を示してはくれないのだろう。

ソファに投げ出された大きな体に跨って、体を沿わせるように彼の上に寝そべる。目の前にある喉仏に視線をやり、その盛り上がりにそっと触れた。ゴクっと彼が喉を鳴らすと同時に大きく上下に動いたそれを指でなぞって、私にはないその感触を直に確かめる。「これはくすぐったい?」そう聞いてみても、「全然」なんて返されてしまった。他に何をすればいいのか何も思いつかない。


「いたずらなんて無理だよ」

「なんでもしていいよって言ってるのに?」

「うん」

「俺に何かしてみたいこととかないの?」

「うーん、無いかなぁ」

「……俺に興味無いんだ」

「え!?そんなことないって!」


ムッと拗ねるように眉間に皺を寄せた彼に言い訳をするべく状態を起こせば、ガシッと手首を掴まれ動きを封じられる。そのまま腕を伝い背中へと回ってきた腕に体を引き寄せられ、もう一度彼に覆い被さるようにして唇同士が軽く触れた。


「せっかくのハロウィンなのにな」

「そんなにイベントごとに張り切るタイプなの?」

「いや、面倒だから別にどうでもいいと思ってたタイプ」

「だよね、そんな気がしてた」

「でもきみにはイベントだからって理由つけて何かしたいタイプ」


そう言われると同時にものすごい勢いで視界が回転した。あっという間に体勢が逆転して、いつの間にかソファに横たわる私の上に彼が跨っている状態だ。


「いたずらされるの結構楽しみにしてたんだけどな。きみは俺にそういうことしたいって考えたこととかないの?」

「……いたずら、は、ないかな」

「来年までにちゃんと考えておいて」

「え……考えるって言ったって、本当に何をすれば?」

「俺はすげーあるよ?きみにしたいいたずら」

「そんなにあるの?」

「いっつも考えてるから」


しょうがないから今年は俺が見本見せてあげるから、来年はこれを参考に頑張ってね。そう言って愉しそうに口角を上げ、グッと体重をかけてきた彼に「最初からこうしたいからわざとあんなこと言ってきたの?」と聞いてみれば、誤魔化すように唇に噛みつかれそのまま黙り込まれてしまった。


「別にこんな回りくどいことしなくてもいいのに」

「回りくどいからこそ良いものもあるんだよ」


切長の瞳を卑しく細め、吸血鬼の如く噛みついてくる彼の「一年に一回のイベントは思う存分楽しまなきゃ」なんていう言葉に、一年に一度なら私も流されてみるしかないかぁなんてことを呑気に考えながら、チリっと痛む首筋に意識を集中させ、来年のこの日に彼に仕掛けるいたずらを考え始めた。



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