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「………え、きみ」


角名くん?とそこにいた珍しい人物の名前を呼ぶ。何でここに、という感情を隠すことなく、彼は思い切り表情を歪めこっちを向いた。人でごった返すデパートの地下。そのほとんどの客が女性であるこのフロアは、もうすぐ訪れるバレンタインのために設けられた特設販売会場だった。


「何でここに?」

「妹がここにしか売ってない限定のやつ欲しいから代わりに買って送れって」

「あぁ、なるほど」


彼は人使いが荒いだとか自分で買えないなら望むなとかブツブツと文句を言っている。けれど手元にはちゃんとそのチョコが入っているらしい紙袋がぶら下がっているから微笑ましい。しかし、私の視線に気がついた角名くんはサッと素早く体の後ろにそれを隠した。ここ限定のものならば、せっかくだから私も友達に配る用に一個買おうかとどの店のどの種類のものかを聞いてみようと思ったのだけど、角名くんは、もうこの話題は終わり、出来れば早く帰りたい。とでも言うように、「きみは一人で来たの」と少し気まずそうに話題を変えてきた。


「友達と来てるけど、今は別行動なの。多分もうすぐ合流する」

「なるほど。じゃあ俺はもう帰るよ」

「うん。また後でね」


逃げ去るようにそそくさと歩いていく大きな後ろ姿に手を振った。街中でも見つけやすいのに、この女性客ばかりのフロア内だと遠くに行っても彼だけが飛び抜けていてとても目立つ。それにふふっと笑みを溢すと同時に、友人たちから招集メッセージが届いた。


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友達用に渡す用のチョコの買い逃しがないかをチェックして、あとはもう寝るだけとなった夜。そんなに配るなんて女の子は大変だなんて角名くんが後ろから覗き込んできた。そんなにと彼は言うが、仲の良い数人に小さなものを一つずつだけだ。それでも彼からすればきっと多いのだろうけど。


「自分用には買わなかったの?」

「うん」


確認を終えたそれらを紙袋に戻した。それをジッと眺める角名くんに「なに?」と首を傾げて聞いてみれば、「なんでもない」とそっけない返事が返ってくる。


「みんながくれるから自分の分はいいかなーって」

「確かにその感じじゃたくさん集まりそうだね」

「うん。それに角名くんもくれるでしょ?」


ニコニコ。と言うより、もう隠しきれなくてニヤニヤの方が近いかもしれない。そんな締まりのない表情を披露しながらそう問いかける。目を見開き「……え」と動揺する彼が見られるのは貴重だ。


「ごめん。当日まで黙ってた方がいいのかなとは思ったんだけど、嬉しくて我慢できなかった」

「……気付かないフリされ続ける方が何倍も恥ずかしいじゃんどう考えても」


ガシガシと頭を掻きながら、「あー……」と弱々しい声を漏らした彼が一つの紙袋を取り出した。ハイと手渡されたそれを受け取る。まだバレンタインには早い、二月にもなっていないこの時期に受け取ってしまってもいいのだろうかと少し戸惑いながらもありがとうと告げると、角名くんは「バレてんのにあと半月自分で持ってる方が気まずいから」と私から目を逸らしながら言った。

彼と遭遇した時、妹から頼まれたんだろうなというあまり見ない店の袋を彼は確かに持っていた。けれどそれとは別にもう一つあったのだ。それは、ついこの間ここで今年のバレンタインの特集記事をスマホで見ながら、今年はこれが食べたいなぁと呟いたお店のものだった。その時角名くんも私の手元を覗き込んで、美味しそうだねと言っていたのを覚えている。


「勘違いで私のじゃなかったらすごく恥ずかしいなぁってちょっと思ってたけど」

「俺がきみ以外にわざわざ自分から逆チョコ送る人いるわけないじゃん」

「良かったぁ」


紙袋から取り出した箱をジッと眺める。開けてはいないけど、もうすでに美味しそうだ。それを棚の上にそっと置いた。角名くんが開けないの?と聞いてくるけど、せっかくだからバレンタイン当日までここに飾っておくのと返せば「マジかよ」と顔を歪めながら頭を抱えだした。


「俺はあと半月毎日飾ってあるこれを見ながら羞恥に駆られろってことね」

「私からのは当日に渡すね」

「ズリー。手作り?」

「うん。美味しそうなのあったから買ったのもあげるけど、ちゃんと作ろうとも思う」

「それは楽しみだな」

「私もあのチョコ食べるの楽しみにしてる」


きっとバレンタイン当日まで、ここに置いてあるこの箱が視界に入るたびに私は嬉しい気持ちになって、一緒に開封するその時を楽しみにさせてくれる。角名くんからの少し早い逆チョコレートは、これから何日も何日も、私に幸せを届け続けてくれるのだ。



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