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ふらふらと地面を見つめながら歩いた。ぼーっとするなと言われたばかりだけど、どうしたって頭の中は角名くんに支配されてその思考を追い出すことが出来ない。彼に出会った時よりも少しだけ暖かくなったけど、肌を撫でる空気はまだ冷たく、混乱しきっている頭の中を少しだけ冷ましてくれる。


「長雲さん」


私を呼ぶ彼の声だってこんなにもしっかりと思い出せるのに。クールな見た目だけど、その声色はとても優しい。思えば彼は私に対しての好意をしっかりと伝えてきてくれていた。最初から。まだ間に合うのだろうか。二週間なんていう短い時間ではあるものの、どうしたって不安は募っていく。

やはり今すぐ聞いてみるしかない。勇気がとか、怖いとか、そんなものはこの際関係ない。今ここで聞いてみようと鞄の中を漁りスマホを探した。


「長雲さん、」


ガシッと後ろから手を掴まれたと思ったら、そのままグイっと引っ張られ体が回転する。驚きで顔をあげると、「ごめん、何回も呼んでも全然気づかないから。それともあえて無視してた?」と、少し焦ったように早口で言う角名くんがいた。


「……角名くん?」

「久しぶり。って言っても二週間ぶりだけど」

「なんで……」

「今日急に時間空いたから来ちゃった。さっき連絡入れたんだけど、届いてない?」


慌ててスマホを確認してみれば電源が落ちてしまっていて画面がつかなかった。無言で焦る私を見ながら控えめに笑った彼は、「タイミング良いのか悪いのかわかんないな」なんて笑って、掴んだままだった私の腕からするりと手を移動させ、そっと細長い指先で私の手のひらを包み込む。


「角名くん、手……」

「充電ないんだから、今はぐれたら大変でしょ?」

「そんな子供みたいなことしないよ!」

「わかんないよ、長雲さん危なっかしいから」

「大丈夫だって」

「……あのさぁ、本気でそう思ってるわけないじゃん。俺がこうしたいだけってそろそろわかってくんない」


行くよ、と引っ張られるようにして歩き出した。繋がれた手のひらに全神経が集中する。火が灯るようにして触れたそこが熱くなって、それがばれてしまわないかと心配になった。


「あ、の、角名くんっ……!!」

「なに?」


しばらく歩いて駅からは随分と遠ざかってしまった気がする。一体どこに向かっているんだろうと疑問に思って、黙ったまま隣を歩く角名くんに行き先を聞いてみれば、まさかの決まっていないという返事が返ってきた。


「ええ、じゃあ今どうして歩いてたの!?」

「特に理由はないけど、強いて言うならこうしてたかったから?」


クイッと繋がれた指先に力を込められ、見せつけるようにして持ち上げられる。思わずサッと目を逸らせば、ははっと面白そうに笑った角名くんは再びゆっくりと歩き出した。


「……二週間、連絡来なかったから、私のこと忘れちゃったのかと思った」

「なに、そんなこと思ってたの?」

「…………」

「長雲さんは俺が何もしなくても気にせずいつも通りなのかなって思ってたから、そんなこと言われるだなんて思ってなかったよ。寂しかった?」

「……ちょっと」

「ちょっとか」

「…………」

「俺は、結構寂しかったけどな」


長雲さんからは連絡来ないし、たった二週間ではあるけど、もう俺のこと忘れてまた一生懸命絵描いてるのかなって。このまま俺が連絡しなかったらやっぱこれでもう終わりなのかなとか思ったりさ。どう?

そう言った角名くんは立ち止まって私に問いかける。繋がれた手に力が込められた。まるで逃さないとでも言われているみたいだ。

そんなことしなくても、逃げないのに。


「私、角名くんのこと好きなんだと思う」


ぽろっと口をついて出てしまった一言目に、自分でもいきなりすぎやしないかと思ったけれどもう遅かった。角名くんの問いの答えにはまったくなっていない。「違うか、そうじゃなくて、まずは角名くんの質問に答えなきゃね、ごめん」と一人慌てていると、何も言わずにこちらを見下ろす驚いた表情が目に入った。


「……角名くん?」


どうかしたのかと聞いてみれば、ハァーと長い長い息を吐いて脱力したように背中を丸めた角名くんが、「あのさぁ」と少し強めに口を開く。思わず姿勢を正した。やはりいきなりあんなことを口走ってしまったのは唐突すぎたか。


「あー、もう。いろいろおかしくない?順番っつーか、なんかさ、あんじゃん色々」

「そ、そうだよね、ごめん。……じゃあ今のはナシで」

「はぁ?なんでそうなるかな」


呆れたようにこちらを見るその目線から逃れるように一歩後ずさる。すると角名くんが一歩近づいてきて、距離はすぐに元に戻った。それを何回か繰り返すと、「これ以上いったら壁にぶつかるよ」といつも通りの少し抑揚のない声が飛んでくる。


「……私は、角名くんから連絡が来なくて寂しかったんだ。毎日寝る前にスマホ確認したり、あんなにずっと描き続けてた絵の集中が切れたり」

「へぇ、絵の?」

「うん。私のこともうどうでも良くなったのかなとか、思って。でもこっちから連絡する勇気はなかなか出なくて。というか今までこんなやりとりしたりとか、こういう気持ちになったことなかったから、どうやって連絡すればいいのかわからなくて。でもずっとこのままなのも嫌だったから、さっき、連絡してみようと思ってスマホ探したんだけど」

「充電切れてたんだ」

「うん。……ごめん、私もまだ混乱してて、うまく伝えられなくて」

「いいよ、ゆっくりで」

「……今日会えて嬉しかった。安心した。もう、会えないのかなって不安になったりするの、嫌だなって思った」


これって好きってことでしょ?そう聞いてみた。顔を上げたら角名くんは笑っていた。今までに見た中で一番優しくて、一番柔らかい表情だった。


「ずるいよね、本当にさ」


繋いでいないもう片方の手が静かに背中へと回ってくる。そのままゆっくりと抱き寄せられ、私の額が角名くんの肩にぶつかって、視界が真っ暗になった。ふわっと香る角名くんの香りが心地良い。


「結構わがままだよね。そっちからは連絡しないくせに、寂しいとかさ。勝手にどうでも良くなったのかとか思われてたらしいし?俺任せすぎ」

「……ごめんなさい」

「いいよ。そんなの最初からじゃん」


くしゃと頭の上に手のひらが乗っけられる。繋いでいない方の手は、こういう時どうすればいいんだろう。


「俺は最初っからこうなることを望んでたんだ。理由なんてないよ。ただ一目見ただけでこの子だなって思った。俺はその自分の勘を信じただけ。で、その子本人を勝手に巻き込んだだけ。どうしても手に入れたいと思ったからね。長雲さん以上に我儘なんだよ。長雲さんは、まんまとそんな俺に引っかかっちゃったってこと」


繋がれていた手のひらが離れる。その腕が背中へと回ってきた。ぎゅっと強く引き寄せられて、今までに経験したことがないくらいに体が密着している。例えば写真を撮る時だとか、嬉しいことがあった時だとか、仲の良い友達とふざけてハグしあったりしたことはあるけどそれとは全く違う感覚だった。

ドキドキと高鳴る胸の鼓動が自分でもわかるくらいに激しく鳴り響く。伝えたいことはきっとたくさんあるのに、どうやって言葉にすればいいのかわからない。この両手は一体どこへ持っていけばいいのか。わからないけど、わからないから自分が今こうしたいと思った場所に置くことにした。

彼の背中へと回した腕に力を込めてみる。友達の柔らかい感触とは違ってとても硬くて、大きくて、しっかりくっつかないと腕が回りきらなかった。


「意外にも積極的」

「こういう時どうしたらいいのかわからないから、したいようにしてみた」

「それは狙って言ってる?」


そっと視線を上げると至近距離で角名くんと目が合う。恥ずかしかったけど、逸らさなかった。「……狙ってねぇんだよな、コワ」。そう小さな声で言った角名くんはまたクシャッと私の頭を撫でた。思わず目を瞑る。そのまままた回された腕にギューっと強い力を込められた。


「そういうとこ好きだよ」

「理由、ないって言ってたじゃん」

「なかったよ。最初は本当にただの勘。長雲さんは俺の好きな所言える?」

「うーん」

「……何も出てこないのも何か複雑だな」

「でも好きだと思ってるよ。どうしてだろうね」

「まぁ、今はそれでいいよ。俺も長雲さんも」


好きな理由とか、そんなのは後付けでいいでしょ。そう言った角名くんは一瞬黙り込んで、「……あー、後から一緒に見つけていけばいいとか言ったほうが感じよかった?」なんて困ったように確認してくる。その様子がおかしくて思わず彼の肩に顔を埋めて堪えるように肩を震わせた。堪え切れずに漏れた笑い声に「笑ってんな」と不満をこぼした角名くんが、無理やり私の顔を上げさせる。


「あはははは」

「ちょっと、空気読んでここは笑い止めなよ。爆笑してんじゃん」

「だって角名くん面白い」

「今のどこが?」


眉間に皺を寄せる角名くんの顔を覗き込んでから、もう一度俯いてギュッと顔を埋めた。同時に背中に回していた腕を少し曲げる。抱きつくというよりもしがみつくという表現のほうが正しいかもしれない。


「……もう何でもいいや」


そう呟いて、彼はふわふわと私の頭を撫でた。ゆっくりと往復するその手の暖かさが好きだと思った。ので、それを素直に口にしてみる。好きだと思った角名くんの、好きな仕草の一つにこれを追加してみた。


「ねぇ、それ本当に狙ってないわけ?」

「うん?」

「……俺が振り回してたはずだったのに、なんかこの先俺が振り回されそうで怖いな」


困ったように眉を下げて笑った。この顔は初めて見た。まだまだ知らないところばかりだけど、こうやって一つ一つ知っていって、お互いの好きなところを増やしていければいいな。



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