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角名くんは意外にも連絡がマメだった。見た目からのイメージだと返信とかも遅そうなのに、届いたメッセージに返事をすれば用事か何かがない限りかなりの速さで既読がつく。作業中は基本何も見ないし、家で一人でいる時もそこまでスマホをいじらないので、メッセージの流れを止めてしまうのはいつも私だった。それが少し申し訳なくも感じる。


「寝不足?」

「あー、うん。よくわかったね」

「なんかいつもと違うなって思ってさ」


角名くんと初めてご飯に行ってから、かなりの頻度で会っていると思う。まだあの日から一ヶ月も経っていないのに。角名くんも角名くんでどうやら忙しいらしいのだけど、この期間は他の時期に比べるとまだ時間に余裕があるらしい。

指摘された通り最近は少し睡眠時間が短かった。課題というわけではないが、個人的に制作しているものが結構調子が良く、ついつい深夜まで作業に取り掛かってしまっているためだ。あまりこういうやり方はよくないとわかっていても、ノってる時に出来るだけ進めておきたいという気持ちは共感してくれる人も多いだろう。


「今すごくこれ描きたい〜っていうのがあって、それをどうしても進めたくて」

「まぁ俺もその気持ちはちょっとわかるかも」

「ほんと?」

「うん。調子良い時にたくさんやってその調子ごとモノにしたくなるよね」

「そう!それなの!」

「でも、無理は禁物だよ」


角名くんは私を心配するように優しく声をかけてくれたが、その後続けて飛んできた「無理して倒れたりしたら元も子もないから」という言葉はひんやりと冷たく、肩を縮こまらせながらハイと返事をする他なかった。言い方は少し冷たいかもしれないけど、私のことを思って言ってくれているのがわかるので怖いとは思わない。

この短期間ほとんど毎日のようにメッセージのやりとりをして、そして実際に何回か会ってみて、わかったことがある。彼は見た目の雰囲気から想像するよりも優しいということだ。鋭い発言も多々あるけど、そこに悪意がこもっていることはない。表情も傍から見ると乏しそうに見えるけど、話してみると意外とそんなことはない。なんだかとっても不思議な人だ。

今日は早く終わったからとこっちまで来てくれた彼に誘われ、大学の近くでご飯を食べた。まだ涼しい夜の風に当たりながら二人並んで歩く。


「長雲さんはさ、彼氏とか作んないの?」


まるで今日のご飯はなに?とでもいうように自然にそう聞いてきた角名くんは、はたと足を止めた私を振り返り、目を瞬かせながら黙り込んだ私をじっと見つめる。彼氏とか、考えたことがなかった。過去に恋はしたけれど、今は絵を描くことに精一杯だったし、そういう対象で周りを見たこともなかった。


「俺さ、最初に言ったはずだよ。長雲さんのこと口説いてるって。忘れたとは言わせないから。まさか長雲さんは俺と友達になろうとでも思ってた?」


真上の月が顔を出して薄らと輝く。月影が角名くんのことを妖しく照らし、その淡い輝きを吸い込んだような色をしている彼の瞳に射抜かれる。思わず一歩後ずさんだ。そんな私を見つめながら、ふっと楽しそうに息を吐いた角名くんは「ダメでしょ、自分が狙われてるってことはちゃんと自覚しなきゃ」と言いながら長い足を動かし私との距離を詰める。

長雲さん。彼の落ち着いた声が私の名前を奏でる。そっと見上げたそこには小さく微笑む優しい顔があった。彼のこの独特な雰囲気はなんだろう、言葉にできない。心の奥がムズムズする。好きとかそう言う感情は、まだうまくわからなかった。ただ、目の前に佇む彼の不思議なオーラにどこか惹かれている私がいた。

この人を題材にして描くことができたら、きっととっても楽しいんだろう。


_______________


あれから二週間、角名くんからの連絡はあの日を境にパッタリと途絶えてしまった。理由はわからない。最近は一日の終わりにメッセージアプリを開き、増えることのない通知の数を確認してため息を吐くのが日課になってしまっていた。

あんなことを言われた手前、意識をしない方がおかしな話なのに、こうもピタリと連絡を止められてしまっては余計気になってしまう。それともやはり揶揄われていただけなのだろうか。でもこの短期間でなんとなく見えた彼の性格から予想するに、この手の類で人の気持ちを弄ぶことはしない気がするし、そんな面倒なことに対して時間やお金をわざわざ割かない気がする。

だからと言ってこちらから連絡をする勇気もなかった。まだ翌日とか三日後とかにするなら良かったかもしれないけれど、二週間も経ってからいきなりどうかしたのかと聞いてみるのは、貴方のことを意識していますと伝えてしまうようなものだったし、それに今更どんな言葉で連絡をすればいいのかわからなかった。

残念ながら恋愛に関しては初心者なのだ。長年続いた片思いも実らず終わってしまったし、それだって憧れを恋だと勘違いしていただけだったというもので、ドキドキしたり甘酸っぱい気持ちになったりとかは今考えればなかったのだ。もっと幼い頃にはそういう感情の芽生える恋だってしたことがあったけれど、幼すぎて付き合いたいだとか何をどうしたいとか、そういった考えは特になかった。


「きみが手止めてるなんて珍しいねぇ」

「絵のこと以外で悩んでるのなんか初めて見たかも」


友人たちは私のことを面白そうに茶化す。角名くんのことを直接話したわけではないけど、きっとこの一ヶ月の私の様子からなんとなく察しているんだろう。ニヤニヤといやらしい表情でこちらを見てくるのが答えだ。


「私も休憩でもしようかな。きみ、その悩んでること話してみー?」

「私らが相談に乗ってあげよう」


楽しそうに椅子をこちらに持ってきた友人たちは私を揶揄う気満々といった様子で、素直に全てを話してしまうのは躊躇われる。でもどうせいつか知られることだし、このまま一人で悩んでいても何も解決しないので、意を決して話してみた。

まじできみにこの手の相談をされる日が来るとはねーと若干嬉しそうにしながら私の話を聞く友人たちは、全てを話し終えた後、ゆっくりと口を開く。


「で?あんたはその角名って人とどうしたいの?」

「……え、っと」

「付き合っても良いと思ってるの?好きになれそう?それとももう連絡も来ないしこっちからの脈もないからって完璧に振る?」

「えぇ、っと……」

「あーダメダメまっちゃん、今のきみにはもっと簡単な質問にしないと」


困り果て視線をキョロキョロと彷徨わせる私にしっかりと視線を合わせたあと、迷子の子供に質問をするようにゆっくりと口を開いた。


「きみはさ、彼氏でもない相手から二週間連絡がないだけでどうしてそんなに気になるの?」

「そ、それは……」

「連絡欲しいって思う?会いたいって思う?」

「……ぅ、わからない」


わからない。わからないけど、ちょっと寂しい気持ちにはなる。

一度そう考えてしまうとその寂しい気持ちがむくむくと姿を現してくる。心が沈んでそわそわと落ち着かない。今までは当たり前のように角名くんから連絡が来ていたので、来ること自体が嬉しいとは申し訳ないけど思ったことがなかった。けれど多分、今彼から連絡が来たらとても嬉しいと思う気がする。それに、理由はわからないけどきっと安心する。


「それ本人に伝えてみなよ」

「えっ」

「ちゃんと伝えておかないと、もういいかーって思われちゃうよー?」

「え」


友人たちの言葉にどうしてここまで焦っているのか。確信はないけれど、ここまで来てもわからないほどには私も鈍くはない。本当の恋とはどういうものなのか、まだ私にはよくわからないけれど、少なくとも私はいつの間にか、自分でも気がつかないうちに角名くんのことが気になってしまっている。


「もう今日は早めに帰れば?そんなんじゃ手動かせないでしょ」

「うん。そうしようかな」

「気をつけてね〜。ぼーっとしすぎて事故んなよ!」

「気をつける」


自覚のなかった感情に名前がついていく。トクトクと穏やかに荒れる心臓が、その名前こそが正しいものなのだと証明してくれているようだった。



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