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ザワザワと人が行き交う改札の外に出て、あらかじめ指定された場所へと向かう。待ち合わせの名所として有名なそこに人が多いのはいつものことだけど、クリスマスだからなのかいつもよりも特別人が多い気がした。
 
周りの人よりも飛び抜けて大きい彼は、多少人が多くても待ち合わせに困ることはない。けれどもキョロキョロと周りを見渡しても、探しているその姿はどこにも見当たらなかった。
 
おかしいな。待ち合わせに遅れる時はいつも連絡をしてくれるし、少し前にもう着いたと連絡があったはずだ。何かあったのかなと鞄をゴソゴソと探ってスマホを探していると、ピタッと暖かい何かが頬に押し当てられる。
 

「あっ角名くん、いた」

「相変わらずの反応の薄さだね」
 

ハイと差し出されたのは、信号を渡ってすぐの所にある有名なチェーン店の期間限定のドリンク。「勝手に少し甘さ控えめにカスタムしちゃったんだけど、それでもそんな飲めなかった」とどこか残念そうな顔をしながら手渡されたカップを受け取る。確かにこの間友達と飲んだそれよりも大分甘さは抑えられているけれど、これでも彼にとっては飲み干すには辛い甘さらしい。
 
暖かいカップで暖を取るようにして両手で抱える。じんわりと熱が伝わって、冷えた指先が急激に温まるのが逆に少し痛く感じた。そろそろ行く?と、普段あまり外では手を繋がないけれど、珍しく手を差し出される。一度その手を見つめた後に、ゆっくりと片手を重ねた。
 

「…なんで今ちょっと戸惑ったの」

「あっバレた?絶対角名くんの手冷たいだろうなぁと思って」

「ズルいよね、自分だけ温まっておいてさ」
 

いたずらのように繋がれた手に力が込められた。カップを持って温まっていた手は、案の定彼の冷たい手のひらにどんどん熱を奪われて最初の温度に逆戻りした。
 
人の多い道を手を繋いで歩くには、いつもよりも少しだけくっついて、なるべく二人の面積を狭めて歩かなくてはならない。ゾロゾロと押し寄せる向かい側からの人の波に負けないように、キュッと隣を歩く大きな体に寄り添うようにくっつくと、視線をチラッとこちらへと向けた彼が満足そうに少しだけ口角を上げた。

コンビニのゴミ箱に飲み干したカップを捨てて、どんどん駅とは逆方向に歩いていく。駅から離れるにつれ少しずつ人は少なくなっていったのに、たどり着いた目的の場所には人が溢れていて別世界のようだった。

青い光で彩られ、ゆらゆらと視界が揺れる。まるで絵本の中の世界のように輝く道を、人を避けながらゆっくりと歩いた。
 

「綺麗だねぇ」
 

思わず感嘆の声が白い空気と共にほわっと漏れる。立ち止まって幻想的な青の世界に浸っていると、「俺はさ」と少しだけ気まずそうな声で角名くんがポツポツと話し出した。
 

「"イルミネーション"とか、ずいぶん洒落た言い方するじゃん」

「うーん?」

「そんな言い方したって、結局はただの電気だろ、とか思ってたんだよね」

「え……情緒ない………」
 

せっかくとても綺麗な場所にいるのに。今このタイミングで?まぁ、確かにただの電飾の巻かれた木なのだと思えばそれはそうなんだけど。「だからそれ見て盛り上がってるカップルとか、馬鹿じゃねぇのって思ってたんだよね」と言葉を続けた彼に怪訝な視線を向けると「そんなに引かないでよ」と少し困ったように笑われた。
 

「せっかくお伽噺の世界みたいって感動してたのに。でもその考え方も角名くんっぽくて良いと思うよ」

「それは喜んじゃダメなやつでしょ?酷いな」
 

というかお伽噺の世界って何?と可笑しそうに笑いながら、イルミネーションに気を取られて前方を見ずにフラフラと歩いてくるカップルを避けるようにしてグッと腕を引かれ、そのまま腰に両腕を回される。隣から正面に回った、少し首が痛くなるくらいに高い位置にあるその顔を見上げれば、薄く微笑んだ切れ長の優しい目に見下ろされた。
 

「でも今はそのカップル達の気持ちもちょっとわかる」
 

珍しく柔らかく微笑んだ角名くんは、そのままそっと私の頭を撫でた。青い光に包まれた彼が「あっ」と小さく呟いて上を向く。舞い落ちる白いそれを掴もうと暗い空にそっと空に伸ばした。しかしそれは彼の手に触れた瞬間に、溶けて無くなっていってしまう。
 

「雪だ」

「今年初めてだね」
 

フワフワと漂うそれに気が付いた周りの人達もみんな空を見上げて、青い世界を踊るように彩り始めた雪を掬おうと一斉に手を伸ばした。私も一緒になって必死になれば、雪に触れるその前に横から伸びてきた彼のそれに指先をそっと包まれて、雪と共に上から落ちてきた大きな影に唇を奪われる。
 
たった一瞬だけの、触れるようなキス。「珍しいね、外でなんて」と驚けば、「……もっと恥ずかしがって欲しかったんだけどな」と少しムッとしたような顔をされた。


「人いるのに」

「今はみんな空しか見てないよ」
 

キュッと空いている手で彼のロングコートを握り締めると、それに答えるように静かに再度腰に手が回されてぐっと引き寄せられた。まわりにはたくさんの人たちがいる。でもその誰もが私たちなんて見ていなかった。
 
青い光と白い雪に包まれて、夜の闇に紛れて目立たないはずの黒いコートに身を包んだ彼が、その姿を鮮明に浮かび上がらせる。彼の腕の中から肩越しに見上げた月は雲の間に揺らめいて、まるでベールがかかったように神秘的に煌めいていた。
 
寒色で囲まれた落ち着いた空間は彼にピッタリだと思った。視線を元に戻すと、冷たさを感じるような色彩で彩られた空間の中に凛と浮かぶ彼の薄く黄味がかった瞳に目を奪われる。射抜かれたみたいにそこから動けなくなって、鋭い目を細めて笑う彼にされるがままに視界を覆われた。
 
周りの誰もが私たちのことなんて気にしない様子で隣を過ぎていく。白く降り注ぐ雪たちがカーテンみたいに私たちを包んで、周りから遮断してくれているような気がした。
 

「帰ろうか」

「うん」


かじかむ指先にはぁと息を吹きかけて温める。横目で見ていた角名くんが、その手を取って繋いだ手ごと彼のコートのポケットの中に入れた。
 
彼と付き合い始めて半年と少し。遠くから数年前に流行した懐かしい曲が聞こえてくる。今やこの時期の定番ともなったそれは毎年街のどこかで聞いているはずなのに、彼と過ごす初めてのクリスマスに耳にするとなんだか少し新鮮に感じた。普段はあまり鼻歌なんて歌わないのに、何だか気分が良くなって、その曲のサビを小さく口ずさんだ。
 
それを隣で聴いていた彼が小さく笑う。ポケットの中で絡めた指先が、また小さく熱を持った。



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