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「きみさん、ちょっと話があるんだけど」

「はい、何ですか?」


いつも通りの作業中。声をかけてきたのは学科の講師で、何かあったんだろうかと不思議に思っていると、ここだとアレだからちょっと移動しようと空いている講義室に誘われた。

一体こんなところでなんの話しをされるんだろうと不安に思っていると、悪い話じゃないからそんな固くならないでいいのよと笑われてしまった。


「きみさん、去年の冬のコンテスト覚えてる?」

「はい」

「惜しくも受賞は逃したけど結構いい所まで行ったじゃない。あの審査員の中に貴女の作品を大層気に入ってくださった方がいてね、その人が今後展開していく新しい企画に貴女の作品を使いたいって連絡が来て」

「………え、そ本当ですか」

「凄いでしょ?過去の作品でもいいからどうかって。雰囲気とか物によっては数点企画のために描いてもらうものもあると思うけど。もちろん今後の作品についても、良いものがあれば継続してどうかって話よ」


まさかの展開に頭が追いつかない。悪い話じゃないどころか夢のような話が舞い込んできて、これは本当に現実なのかと疑ってしまう。

とりあえずと今日は口頭で説明を受け、本人は乗り気だと講師から先方に伝えておいてくれるらしく、今週中にでも詳しい内容の説明書を持ってきてもらえることとなった。

角名くんには何て言おうと考えて、でもまだ夢みたいで信じられないから、報告はちゃんと資料を貰って説明を受けてからにしようと心の中に閉まった。





「君の絵は人柄がよく現れてる」


第一声からそんな言葉を貰えて思わず言葉を失う。審査員の1人だとは聞いていたけれど、いざ対面してみるととても有名なデザイナーの方で開いた口が塞がらない。


「僕はインテリアを主に扱ってるけど、新しいシリーズの企画を立ち上げるにあたって新人の画家を起用するのはどうかって話になってね」


手渡された企画書にはいろんな文章や設計図が書いてある。インテリアとしての絵画はもちろん、テーブルクロスやマグカップ、フォトフレームの縁だとかクッションまで、いろんなものが書かれたその内容に頭がクラクラしてくる。


「新しい作家を起用する理由はもちろん新鮮さだ。まだ発掘されてないところに目をつけるのが狙いだから、怖がらなくていいよ」


怖がらなくていいと言うのはきっと、新人を起用すれば費用も抑えられて、無茶なことでも押し付けやすいというたまに耳にする業界の闇の部分のことを言っているのだろう。

一緒に話を聞いてくれていた講師のプッシュもあって快く引き受ける。上手い話すぎて不安もあるけれど、それが伝わってしまったのか再度大丈夫だから安心してと笑われてしまった。


「君の絵は人や物みたいな対象物がないだろう?だからこそこういう所に使い道がたくさんある。スキルも熱意も新人にしちゃ上出来だよ」


こんなにも褒められてしまって良いのだろうかというくらいに素敵な言葉をいただけて、嬉しさを通り越して逆に冷静になってしまう。帰り際講師からもあの人もその会社もちゃんとしてるから、こんな良いことはないわよと背中を叩かれた。





家に帰ってぼーっとしながら資料を読み返しているとガチャりと玄関から音がする。それに気づいて慌てて時計を見ると、帰宅してからもう2時間は経過していた。


「あれ、いたのきみ」

「お、おかえり!ごめんぼーっとしてて何もできなかった」

「ただいま。部屋暗いし、音もしないからまだ帰ってないのかと思った」


荷物をおいて手を洗いに洗面所へと向かう角名くんを見ながら、ハッと手元にちらばった資料をまとめる。結構な量があるそれを整えていると、「それなに?」と角名くんが横に座って手元を覗き込んできた。


「企画書?」

「………あの、実は」


数日前に話を持ち掛けられたことや、今日実際に会ってきたこと。企画の内容や今後について今わかっていることを全て伝える。静かに話を聞いていた角名くんは、真剣な顔で企画書をマジマジと見る。

その真剣な顔付きをしばらく見つめていると、一通り目を通した企画書をテーブルの上においてトントンと整え、ポンポンと私の頭に手を乗せた。


「えらい、すごい、がんばった」

「ぅえ、」

「どうしよう。凄い嬉しいしそれを伝えたいのに、言葉が出てこないんだけど」


ぎゅっと抱きしめられてあやすように背中を叩かれる。


「心の中では飛び跳ねたい気持ちなんだけど、頭が追いついてないって言うか」

「うん」

「逆にめちゃくちゃ冷静になってきた…」

「私もそうだった。なんか、まだ信じられない」


角名くんの腕の中で顔を動かしてテーブルに置いてある企画書を2人して見つめる。それから同じタイミングで顔を戻すと、じわじわと自覚してきた嬉しさと感動が込み上げてきた。


「待ってどうしよう、なんか今すごい嬉しくなってきた、どうしよう」

「俺もすげぇ嬉しい、こんなに全然言葉が出てこない自分に笑う」


2人してこのマグカップが出たら買おうとか、このフォトフレーム欲しいねとか夕食を食べるのも忘れてひたすら話しあった。


「でも何でもっと早く言わないの」

「今日が来るまで信じられなくて」


確信が持てるまで言えなかったと言うと、まぁそうだよねと言いながら再度頭を撫でられる。


「夢への第一歩だ。それもすげぇ大きい一歩」


ふわりと笑うとつり目な目尻が少し下がる。細められた目には柔らかな光が宿っていて、嬉しそうに上げられた口角は普段の少し冷たそうな印象を全く感じさせない。

そのまま力強くわしゃわしゃと両手で撫でられれば、やめてーと笑いながら抵抗するように手を伸ばすもなんの効力もなかった。

誰かが自分のことのように一緒に喜んでくれるということが、こんなにも嬉しいと感じたのは、人生で初めてのことだった。



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