19



本格的な夏の到来も間近に迫ってきた。それと同時に課題、コンクールの作品、同時進行で企画の打ち合わせや顔見せも加わって忙しさに拍車がかかった。

企画物の販売は来年の春だが、新規企画の立ち上げなので現段階から細かい話し合いや調整が始まる。

私はその会社に所属しているわけではなく、この企画で契約を交わしているクリエイターなので商品開発等に関わることはない。が、どこにどういう絵を持ってきて、過去の作品はどれが使えるものなのか、また新規で欲しいデザインの依頼など、想像以上に細かい内容と初めて経験することの連続でかなり疲労していた。

もちろん、肉体的には苦しいものの精神的な疲労はない。睡眠時間が少しずつ削られているとか、課題が少しずつ溜まり始めているとか細かい不安なことはあるけれど、それでもワクワクした高揚感の方が優っている。


「コンクール作品の締切2週間後だっけ」

「うん。でもそっちは取り掛かりが早かったから、問題なさそう」


家でパソコンを使って先方とやり取りをしながら角名くんと話していると、そっと後ろに回った角名くんが私の肩を揉む。

うわ、すごい凝ってると驚きながら揉みほぐされるそれが気持ちよすぎて、声にならない声を出しながら浸っていると、急にゴリゴリっと肩甲骨の間を突かれて悲鳴に似た声が出る。


「いっ…たい!!」

「疲れてる証拠だ」


パソコンを閉じて涙目で振り向くと、もう良いの?と確認してくるから、それに今日の分はもう平気と返せば待ってましたと言わんばかりに抱き寄せられる。

最近の角名くんは隙があらばくっついて来る。いつもなんだか珍しいなと思いながらもそれに答えているけれど、今日はいつも以上に甘えたが激しい気がする。


「今日はもう他に何もない?」

「うん」

「明日は?」

「明日は二限から」

「じゃあ今日はゆっくり出来るね」


腕を引かれ足の間に閉じ込められて、後ろから捕えられるようにしっかりと抱きしめられる。肩に乗る頭をふわふわと撫でているとぱくりと首元を食べられた。


「ちょ、そんなに噛んだら跡つく…!」

「大丈夫、このくらいならすぐ消えるよ」


そのままそこをペロリと舐められれば、くすぐったさと背中から這い上がるぞわぞわとした感覚に体が震える。その反応に気を良くしたのか更に耳たぶをくわえられれば、急な刺激に思わず肩が跳ね上がった。


「待って待って、耳はやだ」

「待たない」

「っそこで喋らないで」


フーっと息を吹きかけられてしまえば、簡単にビクッと反応してしまうこの体が憎い。モゾモゾと上半身と首を動かして逃げるけれど、しっかりと固定されてしまっている体では限界がある。逃げることで逆に露わになってしまった首筋を這うように唇で撫でられれば、ホントにダメと情けない声が出た。

するりと指先で太ももを撫でられると、不意打ちの下半身への刺激に全身が跳ねる。そのままさわさわと指を這わせられ焦ったいくすぐったさに身をよじる。フッと笑った角名くんは、私を器用に抱え直して向かい合わせに座らせた。


「…いきなりだよ」

「俺はかなり待ったと思うけど」

「それは…」

「忙しそうだし邪魔したくないからって毎日我慢し続けた俺にご褒美は?」

「…何がいいの」

「…へぇ、それ、聞くんだ」


ニヤリと笑った角名くんは楽しそうに目を細める。細められた目から僅かに覗くギラギラとした黒目がやけに妖麗だ。

スイッチが入った時の角名くんから感じ取れる背徳感は、背筋がゾクゾクして全身が粟立つ。いけないことをしているような、見てはいけないものを見ているような。

綺麗。恐い。触れたい。逃げたい。

危険だとわかっていても手を伸ばして求めてしまう。この恐怖と好奇心が混ざりあってドロドロに溶けていくような妙な感覚は、まるで麻薬のように私の思考回路を犯して判断能力を鈍らせる。

毒林檎に手を伸ばすようにして角名くんの頬に触れると、顔をずらしてその指先をカプリと噛まれてしまう。食べようとしたのにこっちが食べられる。どうにもおかしな話だ。

目線だけをスっとこちらへ向けられて目が合えば、もう逃げられない。完全に仕留められた私は、彼から逃げる術も気持ちも完全に失われてしまうのだ。


「あんまり無理はさせたくないんだけど、今日はちょっと我慢してくんねぇかな」


高校の時よりも口調は丸くするように大分気をつけてると話していたのに、こういう時だけは少し口が悪い。


「角名くっ…ん」

「今日だけは名前で呼んで」

「…………っ倫太郎」


ギシっと悲鳴をあげるソファに2人で沈む。現実と幻想の境界がわからないくらいに身も心もグチャグチャに掻き回されれば、もう彼以外の姿も、音も、匂いも、感覚も捉えることが出来ない。


「ハッ、すげぇ最高」


暗い部屋の中で、やっぱり彼の目だけがギラギラと輝いている。


「もっと俺だけ見て、感じて」

「………っもうとっくに倫太郎しか見てない」


暗闇の中、彼以外の光を失った私を見て、また妖しく笑うのだ。


「上出来」



 | 



- ナノ -