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「合宿どうだった?」

「面白かったよ、久しぶりに会う奴もいたし」

「いいなぁ仙台。私も行きたい」

「じゃあ今年の休みはどっか旅行でも行こうか」

「え!行きたい!行く!」


軽くご飯も食べてお風呂に入って、いつものように寝るまでの少しの時間をソファで二人並んでゆったりと過ごす。

旅行かぁ。あまり旅行には行ったことがないからどこに行こうかと今からワクワクする。夏の休みの頃には今取り掛かっている絵も描き終わり、コンクールに提出しているだろう。

速い人は去年から、周りのみんなも将来に向けてもう本格的に動き出しているし、コンクールが終わる頃には私も卒業後の活動についてしっかり固めていかなければならない。

宮城、沖縄、北海道、京都…行きたい場所はたくさんある。けれど数ヶ月後、たったの数十日後。本格的に将来へ動き出した時、今と同じように過ごしていられるのだろうか。

たった数ヶ月すれば考えも変わって将来が見えてきて、そのまたさらに半年後には長く続いた学生という立場も終わって全然違う生活になって。一度考え始めるとそれに対しての期待や楽しさよりも不安の方が勝ってしまう気がしてなんだか気分が落ちた。


「行きたいところある?」

「えっと」

「侑がこの間遠征で行った長崎は楽しかったって言ってたな」

「遠征………」


角名くんだってそうだ。これからどんどんまたバレーが忙しくなって、卒業したらプロになってしまう。凄いことだけど、平凡な私にとっては凄すぎて想像もできない。たくさんのファンがついて、たくさんの人に囲まれて、大きな舞台でプレーをしていく彼は今と同じようにここにいてくれるのだろうか。どこか遠くに行ってしまうんじゃないか。


「…………なんか変なこと考えてない?」

「そんなこと、ないよ」

「…………」

「…うわっ!え、ちょっ、なに」

「落ちたくなければ大人しくしてた方がいいと思うよ」


なにを思ったのか急に私を持ち上げた角名くんはそのまま部屋の電気を消して寝室のドアを開けた。ぽすんとベッドの上に軽く投げられる。落ちた衝撃でウッと思わず声が出たけど、加減された高さから落とされているため全然痛くはない。

肘をついて起き上がろうとすると、すかさず覆いかぶさってきた角名くんは自身の体ごとボスンとベッドに倒れ込む。抱えられた私は再度ベッドへと体を沈めて、身動きが取れない。


「急にどうしたの…」

「何か行き詰まってることとかある?」

「えっ…今のところは特に」

「じゃあこの期間に俺に言いづらいような何かあった?」

「そんなものは無いよ」

「俺に不満でもある?」

「そんなものない」

「なにがそんなに心配?」

「そ、れは…………い、痛い痛い痛い痛い痛い!」


ギュウウウウウっと、凄まじい力で抱きしめられる。ギシギシと骨から音が鳴ってしまうんじゃないかというような力を込められて体が悲鳴を上げる。


「痛い〜!」

「何をぐるぐる考え始めたのか知らないけど、無駄だからもう寝たほうがいい」

「無駄って…」

「きみが心配するようなことはこの先何もないよ」

「そんなの、わかんないじゃ…痛い痛いって!」

「いい?きみは今は自分の作品を良いものにすることに専念して、それでそれが終わったらどこに旅行に行きたいか楽しみにしてればいい」

「うん」

「だからどこにもいかないで」


もぞもぞと私の胸元に顔を埋めた角名くんは珍しく少し弱気な声を出した。しがみつくように擦り寄られれば、それ以上なにも言えなくて、目の前にあるフワフワの髪の毛を優しく撫でることしか出来ない。


「たまにさ、何考えてんだろって気になることがあるんだ」

「…………」

「きみは自分に自信がなさすぎる、もっと誇りに思った方がいいよ」

「誇るって、何を?」


クッと顔を上げた角名くんは少しばかり眉間に皺を寄せて、ムスッとした表情をした。怒っているとも、拗ねているとも取れる表情でなかなかそれも珍しい。


「芸術の知識も興味もゼロな俺をこんなに引き込んだのに、他の人にきみが認められないなんてあるわけねぇじゃん」

「え、え〜、買い被りすぎだって…」

「まぁ認められたら認められたで、俺が一番最初に見つけだしたのにってちょっと悔しくなっちゃうな」

「わがままだなぁ」

「俺が我儘なのはきみもよく知ってるじゃん」

「まぁそれは、出会った時からそうだったし」

「そこは我儘じゃなくてちょっと強引だったくらいの表現にして欲しい」


はぁ〜と大きく息を吐いて、今度は逆に私を自身の胸元に埋めた角名くんは、ポンポンと子供をあやすように背中を叩いた。


「心配事は全部置いて自分のことだけに集中して、あとは俺に任せとけばいいよ」


心配事はたくさんある。その心配事は突然私の心を襲ってくる。作品に取り組んでいる時、友達と話している時、一人でぼーっとしている時、角名くんと一緒にいる時。所構わず襲いかかってくる。

それでも人の面倒はなるべく被りたくない性格の彼が、こんなことを言うんだから、やっぱり大丈夫なのかもしれないって何の根拠もないのに思った。



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