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「テーマ決まった?」

「…………まだ。なんか気合入れなきゃーって思うとどれも違うなぁってなっちゃってなかなか決められないんだよね」

「わかる。気負いすぎずお互い頑張ろ」


連休も明日で終わってしまう。出来れば今日中にテーマを決めて取り掛かりたいところだけれど、いかんせん良い案が浮かんで来ない。

候補が無いわけではないけれど、どれもしっくり来ないというか。囚われすぎるのも良くないと気分転換に大学内を散歩してみる。一生懸命に作品を作る人、友達と談笑する人、椅子を繋げて寝ている人、いろんな人がいる中を一人歩いていく。

中庭に住み着いた猫が昼寝をしているのを見つけて思わず近寄る。人の気配を察したのか起き上がった猫は随分と人馴れしていて、私の足元にすりすりと体を撫でつけながらニャーと短く鳴いた。


「可愛いね〜」


しゃがみ込んで顎を撫で回すとゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らす。しばらくふわふわの毛並みを楽しんでいると、満足したのか離れていってしまった。

猫が歩いていった方を見ると小さな花壇がある。手入れの施されたそこには春の花が数種類咲いている。

近寄ってしばらく花を眺めていると、ちょうどその花壇の手入れをしにきたのかスコップとジョウロを手にしたおばさんが「綺麗に咲いてるでしょう」と言い私の横に同じようにしゃがみ込んだ。


「どれも綺麗ですね」

「今年は凄く上手くいったのよ」


ジョウロで水をかけられた花たちは、太陽の光を受けキラキラと輝いている。風に揺れる遅咲きのチューリップは色とりどりに個性を放っていてなんだか目が離せなくなった。


「チューリップ、特に良いでしょう」

「カラフルで可愛いです」

「知ってる?チューリップってね、色によって花言葉が違うのよ」


花言葉。そういえばそんなものあったなぁなんて思いながら、おばさんの話を聞く。


「赤い色のチューリップは愛の告白、白は新しい恋、黄色は望みのない恋、紫は永遠の愛、オレンジは照れ屋、ピンクは愛の芽生え。他にもいろんな意味があるけど、代表的なのはこんな感じかしらね」

「へぇ、じゃあこの赤とオレンジが混じってるマダラ模様のチューリップは、照れ屋と告白でなんだか可愛いですね」

「うーん、そうなんだけど、確か二色が混ざってるマダラ模様のチューリップはそれでちゃんと花言葉があったはずよ」

「そうなんですか?」

「思い出せないけどね」


ごめんねぇと言いながら立ち上がり、そろそろ私も別の仕事があるから行くわねと微笑んでくれる。こちらこそ引き止めちゃってすみませんと言うと、ここの花を見てくれてる人がいて嬉しかったからいいのよと花が咲いたように笑った。

自動販売機で飲み物を買って飲みながら歩く。片手でスマホをいじりながら、先ほど答えがわからなかったマダラ模様のチューリップの花言葉を検索してみる。他の色は愛とか恋とか、チューリップらしい花言葉がたくさん並んでいる中で、調べると出てきたマダラ模様のチューリップの花言葉は「美しい目」と「魅惑」だった。

予想から大きく外れたそれにふーんと思わず声が出る。美しい目、魅惑。まるで角名くんみたいだなと思ったところで足を止める。

これだ、と思った。これしかないとも思った。こみ上げる気持ちを抑えきれないまま走って作業室を目指す。バタバタと駆けてきた私にびっくりした友人達が「どうしたの?」と声をかけてくるも、この頭の中のイメージをいち早く色に乗せたいと思い「ごめんあとで!」と一直線に作業スペースに突き進んだ。

直感で絵具を選んでパレットへと出す。一心不乱に取り掛かる私を見て、何かを察した友人たちは何も言わずに見守っていてくれた。





「今日もお疲れ様」

『そっちはどう?体壊したりしてない?』

「毎日心配しすぎだよ、大丈夫だよ」

『前科持ちはその辺の信用ないからね』


いつものように寝る前に角名くんと電話。明日の夕方には帰ってくるはずだけど、それでもこうやって毎晩忙しい間を縫って連絡をくれるのが嬉しい。


「ふふっ」

『なんか今日は機嫌がいいね』

「うん、テーマ決まったの」

『えっおめでとう、やったじゃん』

「あとはひたすら描くだけだよ」

『その描くのが一番大変なんでしょ。ひとまずお疲れ様。何にしたの?』

「秘密」

『やっぱりか。そんな気はした』

「でも、早く角名くんに会いたくなった」


俺?と驚いたように笑う角名くんの声を聞いていると、早く作業の続きがしたくなる。それと同時に、やっぱり明日の夕方が恋しくなる。あと24時間もないけれど、それでもその十数時間でも長く思えて待ち遠しい。それを直接伝えると、控えめに笑った角名くんが優しい声を出した。


『俺も、早く会いたいよ』





朝早くから大学へ行くと、まだ誰もいなかった。ゆっくりと準備をして作業室にある電気ケトルでお湯を沸かしティーパックのお茶を入れる。まだ少し肌寒い朝の風が窓から吹いてくる。気持ちが良い。爽やかな朝に心が軽くなる。

赤、ピンク、黄色、オレンジ。いろんな色を取り出してある程度のイメージを再現していく。このイメージが完璧に固まったら、いよいよ本番用のキャンバスに色が載せられると思うとワクワクしてくる。

一日ひたすら向き合っていると、時間というものはあっという間に過ぎ去ってしまう。いつものように集中しすぎて時間の経過に全く気づかない私は、今日も友達に肩を叩かれながら終了時間を告げられる。

外を見れば、真っ赤に染まる夕陽がその姿を今すぐにでも完全に隠してしまいそうで、まるで最後の足掻きだとでもいうように闇に混じりながらオレンジの光を放っていた。


「もうこんな時間?」

「そうだよ〜今日角名くん帰ってくるんじゃないの?」

「そう!そうなの!大変早く帰らなきゃ」


散らばった絵具を素早く回収して、周囲を片付ける。いろんなものを洗ったり乾かないようラップを巻いたり作業を終えた後の片付けに時間がかかってしまうのがもどかしい。

そうだ連絡とLINEを開くと案の定2時間半ほど前に「これから仙台出るよ」とメッセージが入っており、それに急いでとりあえずのスタンプを返信しておく。

ドタバタと準備を終えて帰路につける頃には完全に日は落ちていて、キャンパス内を走りながらスマホを起動し電話をかける。

数コールの後に「もしもし」と聴き慣れた声がして、慌てて「ごめん気づくの遅くなって、今やっと大学出たところなんだけど!」と慌てると、そんなことだと思ったと笑われてしまった。


『きみ、もしかして走ってる?』

「え、うん」

『危ないから、走らなくて良いよ』

「なるべく急いで帰るから、もうすぐ駅見えるし!」

『急がなくて全然良いのに。それに、ほら、見えた』


プツッと突然通話が切られてしまって、耳元からはツーツーと無機質な音が響く。一旦足を止めて画面を確認するも、通話終了と表示されるのみだ。ハァハァと上がった息を整えつつ、止まっている時間はないと再度足を動かそうとした時、目の前にいた人にぶつかりそうになって急いで動きを止めた。


「ご!ごめんなさ…あれ、」

「言ったでしょ、急がなくて良いって」


ただいま。あれ、おかえりのほうがいいのかな?と首を傾げる角名くんが、帰ろうと手を伸ばしてくるから、混乱する頭でその手を取って指を絡めた。


「ただいま。あと、おかえり」


数日しか離れてなかったのになんだか凄く久しぶりな気がして、普段なら電車内では離す手を一度も離さずに家まで帰った。

繋いだ手を伝って見上げた先で交わった視線に見下ろされる。やっぱり、彼のその目が好きだと思った。



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