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「………よく人の前でそんな惚気た電話できますね」

「もう寝るっていうから時間なかったし、侑とかと違って茶化したりしないじゃん」


この話をしたのが昨夜。きみが珍しくあの時間にもう寝るっていうから隣に人がいるにも関わらずそのまま通話を開始した。

練習が終わってスマホを確認すれば、今日は珍しく息抜きに友達たちと飲みに行くらしい報告が入っている。ついこの間もサークルのよくわからない男に潰されたっていうのに、心配にならないわけがない。かと言って行くなとも男がいるのかとも聞けずに画面を睨んでいると、チームメイトから顔が怖いと注意をされた。仕方ないじゃんか、心配と嫉妬で今いっぱいなんだこっちは。

とりあえずその場では「いってらっしゃい、飲みすぎないでね」と当たり障りのない返信をして返事を待ってみる。が、それに対しての返信は夕食が終わっても、風呂から上がっても全くなかった。既読さえもついていねぇ。

一つだけ言っておきたいのは、俺は別に返信を早く返せとも言わないし、既読無視も未読無視も別に怒らないし気にしない。でも今は話が別だ。変な男たちとまた一緒だったらどうしようというダサい焦りに駆られている自分にも少しイライラする。

昨夜と同じように合宿所の隅にある外のベンチに腰掛けながら、東京よりだいぶ綺麗に見える夜空を見上げもせずにスマホをじっと見る。追加でメッセージを送るか。いやそれはやっぱり重く思われるか?などと一人悶々と考えていると、昨日と同じく「あ」という聞き覚えのある声が響いた。


「試合中より怖い顔してますよ」

「他校の先輩に対しても物怖じしないその精神は好きだよ」

「ありがとうございます」


そのままUターンで去ろうとするそいつの腕をガッと掴んで阻止する。ウッワめんどくさ、と言葉にせずともありありと表情で表現して見せた顔がこちらを振り向く。そのまま座れと目で訴えると、ダルい態度を隠そうともせずに渋々腰かけた。


「僕、面倒なことは嫌なんですけど」

「俺だって好きじゃない」

「昨日はあんなだったのに今日は何があったんですか」

「聞いてくれるの?」

「聞いてくれって顔してるのあんたでしょ」


はぁーとわかりやすくため息をついてこちらを見る顔には、早く話して解放しろとの文字が書いてあるようだった。実は地味に表情豊かだよなぁこいつ。


「彼女が今日友達と飲みに行くって言ってからもう数時間返信も既読もないんだよね」

「友達といるからスマホ見てないんじゃないんですか」

「その飲み会に男いると思う?」

「……………………」


クッソめんどくせえと言わんばかりに表情を歪める目の前の男は感情を隠すということを知らないんだろうか。


「ついこの前飲み会で男に潰されて一悶着あったんだよ」

「さすがに連続でそんなことしないでしょう」


明らかにイライラしている俺を察したのか額に手を当てながら勘弁してくれというオーラを放つ。可愛くねぇ後輩だなと思うけど、多分歴代の先輩たちも俺のことを同じように思ってるよなって思ったのでそれを口には出さなかった。

するとピロンという音とともにメッセージが入る。その差出人はもちろんきみで、画面には料理の写真とともに『飲みすぎてはないけどいい感じに酔っ払った』との文章が表示された。

その文章を見た瞬間に通話ボタンを押すと、瞬時に通話が開始する。今日は反応がすごくいいなと珍しく思いながら、お疲れ様の挨拶もなく「今日は俺いないんだからそれ以上は酔っ払わないでね!?」と少し食い気味に言葉をかけると、一瞬の沈黙の後、クスクスと笑う声が聞こえる。


「…え、あれ、きみ、じゃない?」

『まっちゃんでーす。きみは今お手洗いですよ角名さん』

「えぇ、さすがにめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」

『ちゃんときみには伝えておきますし、私が面倒見るのでご安心くださーい』

「よろしくお願いします。またサークルみんなで飲んでるの?」

『今日はいつもの私らだけですよ、ご心配せずとも男はいません』

「…………あ、そうですか」

『………くっ、ダメだ面白い、角名さんってそんな感じなんですか?』

「え?」

『前に見たときはクールそうだったのに』


なんで返せばいいのかわからずグッと言葉に詰まると、あっきみ帰ってきた〜という言葉の後に、驚きとともに聴きたかった声が耳元から聞こえる。


『角名くん!?ごめんねまっちゃんが勝手に出て』

「それは全然大丈夫」

『今日も練習お疲れ様です』

「ん、ありがとう。きみもお疲れ様」

『角名くん今一人?』

「ううん、隣に人いる」

『えっ、ごめんね、すぐに切るね。あっ何か話したいことあって電話したとかだった?』

「うん、でももう平気。元気そうでよかったよ」

『そっか、うん。じゃあまたね』

「ん、バイバイ。また電話する」


惜しげもなく切られてしまい、通話終了の通知を見つめていると、隣でこの会話全てを聞いていたであろう男はフツフツと肩を揺らしながら笑いを堪えていた。


「あんなに必死だったのに相手彼女じゃなくて、いざ彼女に変わったら、何も言わない…とか…ククッ」

「あーうるせぇ、さすがに俺も恥ずかしいと思ってるから。………これ今絶対友人達に俺ネタにされてるよね」

「されてますね…ククッ」

「笑いすぎなんだけど」


クールに見えて笑いのツボが思ったよりも浅いこの男は、人の失敗が好物らしい。全くいい趣味をしている。人のことは言えないけど。


「角名さんってもっとクールな人だと思ってたんですけど、ちょっと違いました」

「そっくりそのまま返す」

「サバサバしてそうなのに、彼女の事だとあんななんですね」

「………この話絶対他には言うなよ」

「善処します」


かっわいくねー。先程とは立場が逆転して、俺が大きくため息をつくと、じゃあ僕行きますね、もう良いですよね。とめんどくさそうに腰を上げる。慰めようとかいう心はないわけ?と思いながらも、俺ももうこれ以上あのことを掘り返されたくはないし、相手にも期待をしていないので一緒になって立ち上がる。

宿舎までの道を二人で無言で歩きながら空を見上げれば、きらきらと無数の星が夜空に瞬いていて思わず足を止める。不思議そうにこちらを見ながら同じように足を止めて「どうしたんですか」と聞いてくるこの男は、可愛げは全然ないけれども悪いやつではないよなぁと思う。


「月島も彼女と星見たりするの?」

「は?しませんけど」

「そう」

「なんでそんなに今日ロマンチストなんですか、気持ち悪」

「俺はいつだってロマンチストだよ」


うわ…という顔をして、やってられないという気持ちを隠す事なく前を歩いていってしまう。ホント他校の先輩だからって少し気を使うとかいう気持ちがこいつにはない。あったらあったでびっくりなので体調不良を疑ってしまうけど。


「彼女いるのは否定しないんだ」


ニヤっと、自分のできる最大限のわざとらしい笑顔を浮かべてその背を追い越すと、「はぁ!?」という珍しく大きな声が聞こえる。顔だけ振り返ってニヤニヤと笑うとムッとした月島が大股で迫ってきて、逃げるようにして宿舎まで戻ると、明日の練習試合絶対止めてみせると宣戦布告をされる。


「出来るものなら」

「絶対止める」


頭良いはずなのにこういうことろでは語彙力ないんだという事に気づいて思わず笑う。それにさらに気分を害したらしい月島はこれでもかというほど眉間のシワを濃くしながらもう寝ます、さよならと早歩きで行ってしまった。


「月島」

「なんですか」

「意外と可愛いところあるね」


ニコっと威嚇目的ではない笑みを浮かべてやったというのに、言葉を詰まらせた様子の月島は少しだけ照れたように怒りながらエレベーターの奥に姿を消した。

え、ちょっと。俺も上がりたいのに。虚しくも俺を乗せずに動いてしまったエレベーターを見つめながら、上の矢印のボタンを押した。やっぱ全然可愛くねぇな。




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