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何を描くか、どう描くか。イメージを膨らませてやっと書きたいものが定まってきた。この連休を使ってなんとか構想を固めて、出来ればもう取り掛かりたい。なるべく時間をかけて描きたい。

何度も何度も頭の中でイメージする。イメージをより分かりやすくするためにパレットに実際に色を出してみる。小さなキャンパスに色を重ねて、あれも違う、これも違うなんて繰り返し作業を行う。連休中はもちろん授業はないため、時間の全てをコンテスト作品に費やせるので貴重な期間だ。


「長雲さん、もう終わりの時間だよ」

「…もう時間か、ありがとう〜」


集中しすぎると時間を忘れてしまうことが多々ある。そのため最近はいつも周りの人に終わりの時間を教えてもらっている気がする。

急に思考を緩めた頭がジーンとする。頭を使いすぎた。糖分が足りない。散らかった机の上を片付けて軽く掃除をし、帰宅の準備をする。今日は角名くんもいないし、外食で軽く済ますのも手かも知れないなぁ。


「じゃあね〜また明日」

「うん、家ではしっかり休むんだよ」

「わかってる!ありがと」


結局疲れたし早く家に帰ってゴロゴロしたい気持ちが強くなって、外食はやめて近所の定食屋さんのテイクアクトを頼むことにした。

家について、先延ばしにしたら絶対に億劫になると思って何よりも先にシャワーを浴びる。それから明日の準備を済ませ、やっと定食を温め食事の時間。

食べながらも考える頭は止まらない。何を題材にするかもまだ決まっていない。私は人の感情や空気感のようなものをテーマにずっとしてきた。人から溢れ出る何か。その何を題材にしていくか。それが結構重要になる。

テーマは感情だけれど、それが何をきっかけにして決まるかはわからない。なのでテーマを考える期間はひたすら図鑑、資料、雑誌、ネットニュースや風景の写真、ファッション等ジャンル問わず何でも見ることにしている。何がヒントになるかわからない。何が引き金に感情を動かされるかわからないから。

いつの間にやら食べ終えていたことに気づき、空箱をゴミ箱へ捨てる。時計を見ると時刻は22時をすぎている。だいぶゆっくり食べてしまったなぁ。

角名くんがいない夜を過ごすのはかなり久しぶりのことだった。泊まりがけで一泊の遠征に行くこともちょこちょこあるが、最近はあまりそれもなかった。ご飯を食べて帰ってきたりで帰宅が遅くなる場合はあっても、寝るときにベッドが冷たいのはいつぶりだろうなぁと考える。

少し早いけれどもう寝て、脳をしっかり休ませようと思い少しひんやりとしたベッドへと潜る。寝る前にスマホを確認すると10分ほど前に彼から数件のメッセージが届いていた。

『仙台はまだ夜だいぶ寒いよ』という文章の後に、ずんだシェイクを飲むチームメイトの写真と、夜空の写真。東京よりだいぶ星がよく見えるその空は、暗闇の中に小さな光がたくさん散りばめられていてとても綺麗だった。

するとちょうどよく追加でメッセージが飛んでくる。『頑張りすぎないで、ちゃんと休むこと』。

角名くんは、頑張りすぎないでとはいうけれど頑張ることを否定はしない。きっと自分自身がずっとバレーボールを頑張ってきたからこそ、他の人の努力を自然と受け入れることができるんだと思う。それでも、オーバーワークは危険だし決めた時間内でどれだけ集中できるかが重要だと以前言っていたように、きっと私に対しても同じように思っているんだろう。

以前、私が倒れそうになったことがあった。課題提出が間に合うか間に合わないかのギリギリで、それでも手は抜きたくなくて思い通りの作品ができるまでひたすら描いた。その結果連日睡眠時間が取れず、というよりほぼ連日徹夜状態で、悲鳴を上げた体が耐えきれなくなってしまったのだった。

それからというもの心配性を加速させた角名くんは、集中すると自分の世界からなかなか抜け出さない私を見ながら、根を詰めすぎないでとタイミングを見計らって声をかけてくれるようになった。

彼から送られてきたメッセージを再度読み返しながら、『星綺麗だね。ありがとう、今日はもう切り上げて寝るつもりです。角名くんも気をつけてね』と文章を打ち込み送信する。すぐに既読がついたそれに、good nightと書かれているスタンプを追加で送ると、同じようにおやすみと書かれたスタンプが返ってきた。

と、思ったらすぐさま画面が切り替わって電話がかかってくる。すぐに通話ボタンを押して耳に当てると、スマホ越しに少し篭ったような聴き慣れた声が耳に飛んできた。


『ごめん、もう寝るところだったよね?』

「うん、だけどまだ全然眠くないし、大丈夫だよ」

『そう、良かった。少しだけでも声聞きたくて、おやすみって言いたかっただけ』

「ありがとう。仙台気温差激しそうだから、角名くんも体に気をつけてね」

『うん。きみもね。応援してるけど、無理しすぎるのはダメだからね』

「わかってます。いま倒れても前みたいに角名くんいないしね」

『そうだよ?本当にそれが心配なんだから、それだけは勘弁してね』

「うん。ちゃんと意識的に休んでるから、平気。角名くんも合宿頑張ってね」

『ん、ありがとう。じゃあおやすみ』

「おやすみなさい」


通話終了の音声が響き、トーク画面に戻る。枕元にスマホを置いて布団を被る。一人だと大きすぎるダブルベッドに少し寂しさを感じながらも、たった数十秒だけでも彼の声が聞けた安心感に包まれながら目を閉じた。

私の彼は心配性で、でも何も否定はしなくて、努力を応援してくれて、認めてくれて、自分自身も同じように努力している。この関係性がとても心地良い。

離れていても私のことをしっかり考えてくれる角名くんのことを、私もちゃんと大切にしたいと思った。




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