九井一とそれでも一緒に




「一くん」

名前を呼ぶと「なに」と嬉しそうに振り向いてくれる彼は、今日も優しくこちらへと笑いかける。ゆっくりと二人きりで寛ぎながらごろごろと過ごす夕方なんて一体いつぶりだろうか。

のそのそと傍へとやってきた一くんはそのまま私の後ろへと回って、背後から覆い被さるようにググッと体重をかけてくる。「潰れちゃう潰れちゃう」と抵抗してみても「我慢して」なんて悪戯そうに笑ってやめてくれない。猫のように背中を丸めて私の肩へと顎を乗せ、気持ちよさそうに目を細める彼の長い髪の毛を整えるように撫でた。

「一くん」

ニッと口角を上げる彼はまるで少年のようで、普段の彼からは考えられないくらいにとても幼い。目をつぶって、「もう一回」と催促してくる。それに応えるようにもう一度彼の名前を呼んだ。チャリっと音を鳴らした彼の耳から垂れるピアスが首元に触れてひんやりと冷たい。

個性的な切長の瞳は姿を見せず静かに閉ざされたまま。柔らかく上げられた口角をそっと親指で撫でると、片目だけを薄く開いた一くんが、意地悪そうに触れていない方のそこをニッとさらに上げて首元へと顔を埋めた。

「最近忙しいの?」
「別にそんなことねぇけど、なんで」
「硬い顔してる」
「それは元から」

子犬が戯れるように首元に唇を落とされる。グッと肩を回すように力を込められ、体を横に向かされた。支えるように回された腕に背中を預けながら、何度も何度も降ってくる優しいキスを彼の胸元を掴みながら受け入れた。

「名前呼んで」
「……一くん」
「ん、」

私のことをしっかりと抱え直した一くんは満足そうに目を閉じたまま。頭の頂にそっと慈しむようなキスを一つ落とされ、ギュッと苦しいくらいに抱き寄せられる。

「好きだ」
「うん、私も」
「一生好きだから」
「この前もそれ言ってくれたね」
「嬉しくない?」
「ふふ、嬉しいよ」

彼の大きな背中へと腕を回して同じように抱きついた。全ての感覚が彼に支配されて、吸い込んだ空気までもが彼の色に染まる。

「一生守る」
「……ありがと」

あれはもう何年も前のことだ。乾くんが私の顔をじっと見つめながら「ココとは離れた方が良いと思う」とそっと告げてくれた。それなのに今でもこうして私が一くんと居ると知ったら、心優しい彼は今度は私になんて声をかけるんだろう。

「もう一回、名前呼んで」
「ホント、好きだよね、一くん」
「……安心するから」

そっと閉ざされ続ける瞳は私のことを捉えない。「一くん」。そう呟くと、嬉しそうに短い息を吐いた彼の頬に唇を寄せた。

「もう一回」
「欲張りだなぁ」
「違ぇ、キスじゃなくて、名前」

あの日の乾くんはとても悲しそうな顔をしながら静かに声をかけてくれた。アンタは赤音に顔は似てないけど声がすごく似てる、と。


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