黒川イザナと遠い日のやくそく




「天竺?なにそれ、テンゴクみたいな名前」

あははっと笑った私にイザナくんは不満そうな顔で笑うなと制した。「オレが王で、鶴蝶が下僕だ」。そう言った彼は私のことをビシッと指さして、「そんでナマエが女王」と声を張り上げる。

「イザナくんのお嫁さんってこと?」
「不満か?王の隣にいれるんだぞ」
「お姫様になれるのかぁ。それは楽しみだなぁ」

ケラケラと笑った私の小さな手を少しだけ大きなイザナくんのそれが包みこんだ。かじかんだ指先は思うように動かなくて小刻みに震えている。漂う空気は息を吸うのも億劫になるほどに冷たかった。

「お姫様になりたいとか、相変わらずガキみてぇだな」
「イザナくんだって同い年じゃん!」

ぷくっと頬を膨らませれば、雪に紛れるように透き通った綺麗な色の髪の毛を揺らした彼が「ナマエのその夢を叶えてやる」といつもより真面目な顔付きで頷く。

「だからずっと隣にいろ」
「なになに、プロポーズみたい」
「……人が真剣な話してるっつーのに」
「ふふ、ごめんね。イザナくんがそう言うなら、ずっと一緒に居てあげるよ」

雪に乱反射した日光が、キラキラと私たちの周りを幻想的に彩った。肌を刺すような鋭さを持っていたはずの空気が柔らかくなって、内側から溶かすように指先がじんわりと熱を持つ。

「オレがいる場所がナマエの居場所だ」

ニッと大きく笑ったイザナくんに同じように笑い返した。口から漏れる息は白いのに、どうしてだろうか、全然寒いとは感じなかった。

先日降り積もった雪がまだまばらに地面に花を咲かせている、よく晴れた冬の日の午後。まだ幼かった私たちのある日の約束。


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