三ツ谷隆のプロポーズ紛いなもの




ビリッと大きな音を立てて数センチ布を裂いた。ピリピリと不穏な音色を響かせ生地が二枚に割れていく。ほつれた糸が姿を現し、それを指で摘んでスッと引くと、ギュッとギャザーを寄せたように繊維が詰まった。

「布に当たんな」
「……………」

ハァとため息を吐きながらコトッと手元の糸切りばさみをテーブルに置いた三ツ谷は、長い腕を伸ばして私が弄っていた布を奪い取り丁寧に隅に置く。

「ごめん、ダサいね私」
「んなことねぇよ。けど生地を粗末にするのは確かにダセェ」
「そうだよね、ごめん」

たとえ残布でもどこかに使い回すことができるかもしれないと、三ツ谷はある程度の大きさがある限り余り布でもそれを考えて絶対に雑には扱わない。私よりも太くて長いゴツゴツとした指から指貫を抜いて、傍にあった針刺しにまち針を戻した。

「オレはミョウジのデザインが一番良かったと思ったけどな」
「……慰めてくれるんだ。優しいじゃん」
「そうやって素直になれねぇとこ直した方が良いぞ」

呆れたように眉をひそめた三ツ谷は、ぐでっと机に突っ伏す私の頭に軽く拳を落とした。「痛ぁー」とふざけたような間延びした声を出すと「うるせぇ」と遮られてしまう。

「今回の審査員見ればあっちが選ばれるのは何となく予想出来た」
「なにそれ、最初から勝ち目なかったってことじゃん私」
「選ぶのがあのメンツだってわかってんのに、それに好まれそうなデザインを生み出せなかったオマエの負けだよ」
「……それは、わかってるし」

今回はかなり自信があったのに、最終選考で落とされてしまった。しかしいくら自分で自信があっても、三ツ谷が言う通り、相手の好みや求められているものに合わせられないデザイナーなど必要ないのだ。それもしっかりとわかっている。けれども落ち込むことに変わりはないし、悔しいものは悔しい。

「でもまぁ、作品の良し悪しよりも自分の好み重視したもんしか選べねぇようなやつが審査とかすんなとも思うよな」

ピラッと机の上に置きっぱなしにしていた紙を持ち上げた三ツ谷がボソッと「どう考えてもこっちだろ」と不服そうに呟く。

その瞬間に、じわっと込み上げてしまった涙が両目に膜を張った。鼻の奥がツンと痛い。この結果は確かに悔しいし悲しいし、どうしてとは考えていたけれど、別に泣くくらいに落ち込んでいるつもりはなかった。と、思っていたのに。

「三ツ谷ぁ〜」
「は?オマエなに、泣いてんの?」
「なんか勝手に涙出てきた〜多分三ツ谷のせい〜!」
「他人に押し付けてんじゃねぇよ、テメェの感情だろうが」

ぐずぐずと両手で顔を覆うと、ガタッと席を立った三ツ谷がこっちへと回ってきて空いていた隣の椅子にドカっと腰掛ける。そしてボスンと痛いくらいに激しく頭の上に手のひらが降ってきた。驚いて「え?痛いんだけど?なに?」と困惑していると、そのままガシガシと勢いよく撫で始める。

「なになに、髪の毛ぐっしゃぐしゃになる!もっと妹ちゃん達にするみたいに優しくしてよ!」
「ミョウジはそんなんで潰れるタマじゃねぇだろ」

一瞬で涙も引っ込んでしまった。こんなに言ってるのにその手を止めようとしない三ツ谷は、先ほどよりも幾分かその力を弱め、今度はふわふわと猫を撫でるような手つきで数回私の頭を往復した後、ガシッと両手で肩を掴んで真っ直ぐにこちらを見てきた。何?気まずい。というか怖い。

「……三ツ谷サン?一体どうしたの」
「黙って聞け」
「……ハイ」

まるで今の私はライオンと目が合ってしまった草食動物のようだ。ピシッと姿勢を正して、狙いを定めたようにこちらを射抜くその瞳を恐る恐る見つめ返す。

「オレはミョウジの描くもんが一番だと思ってる。好みが合うんだ」
「ありがとう。えへへ、なんか照れちゃうな」
「だから、これから一生オレのためにデザイン描けよ」

私たち二人しかいない室内は、ごくりと息を飲んだ私の小さな喉を鳴らす音さえも大きく響かせる。驚きながらも「いや、どういうこと?ちょっと意味が」と途切れ途切れに返すと「オレが独立したらオマエは専属のデザイナーになれ」と肩に置かれた手にさらに力を込められた。

「え、お、み、三ツ谷?」
「オレが一番ミョウジのデザインを活かしてやれる」
「え、え」
「就職先も決まって将来安泰だろ?」
「なに、その、ちょっとズレたプロポーズみたいなの……」
「あ?何言ってんだ」

馬鹿じゃねーのとでも言うかのように顔を歪めた三ツ谷が両手をやっと離して、背もたれに体重を預けながら足を組み、もう一度机の上に置かれた紙を掴んだ。その紙越しに目があって、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた三ツ谷がゆっくりと口を開く。

「まぁ、あながち間違ってねーかもな」
「はぁ!?」
「ミョウジ以上にオレ好みのデザイン描くやつ現れるとは思えねぇし」
「それはさすがに評価しすぎじゃない!?」
「うるせぇな、オレが一番好きだって思ってんだからそれでいいだろ」

これの何が悪いんだよ、と続ける三ツ谷に「ちょっと待ってそれ以上は言わないでストップ!」と慌てながら両腕で顔を隠した。私の反応を見てハハッと笑った三ツ谷のその声にすら体が反応する。きっと真っ赤に染まった顔も耳も隠しきれてない。揶揄うように「落ち着け」と言いながらもう一度頭に手を乗せられる。触れた手のひらの温度の優しさに思わず肩が跳ねた。

相手は三ツ谷だぞ。ちょっと仲が良くて縫製が上手い気の合う仲間じゃん。そう思ってたのに。どうしてだろう、体温が急上昇して、心臓はドキドキと激しく動いている。何か言い返したいのにうまく言葉が出ない。

「オレとミョウジで最強のタッグ組もうぜ」

指の間から見えた三ツ谷の笑顔に息が止まった。きゅ、と掴まれたように痛む心臓が心地の良いリズムを刻むのを感じながら、私の中の三ツ谷の立ち位置が今までと少し変わっていくのを感じてぶわっとさらに顔が赤くなった気がした。

どうやら私は、とんでもない男に目をつけられたらしい。


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