三ツ谷隆の術中に知らぬ間にハマってる




彼氏と別れた。好きになって、私から告白して、付き合って。最初は幸せだったのに、なんだか物足りなくなって、私から別れを告げた。

毎回こうだ。長くても数ヶ月で終わってしまう。短い時なんて一ヶ月持たない。理想が高いだとか望みが多すぎだと別れ際にいつも言われる。別れた報告をすると友達にもそう言って呆れられてしまうのだ。

「で、オマエはまた幻滅したんだ」
「うん。だってさ、こっちの気持ち全然わかってないんだもん」
「ナマエの言葉が少ないのも悪いと思うぞ?」
「でもさぁ、そのくらい察してよって思っちゃうんだよ」
「ンなのわがままじゃん」
「そうじゃないよ、だっていつも隆は察してくれるじゃん」

なんで他の人はそれができないのかな。という私の愚痴に、「そりゃオマエが好きになるやつってほぼ一目惚れ状態で出会ってすぐのやつだからだろ」と笑いながら答え、次何飲む?いつも通りジンジャエール?と空になった私のグラスを持って席を立った隆に「うん」とだけ告げる。

こうやって、隆はいつだって私のして欲しいこと、好きなもの、気持ちまで全て察してくれる。そりゃあ一緒にいる時間が長いっていうのもあるし、隆が人一倍周りに気を配れるからっていうのもあるけど。

「で、次は誰好きになんの?」
「もうしばらくはいいよ」
「それ、前の前の男と別れた時も言ってたからな」

その言葉に何も反論できなくて、目の前に置かれたジンジャエールを勢いよく一気に半分飲み干す。隆はハハッと声をあげて笑って、少し不貞腐れる私に「もうさ、オマエのことよく知らねぇような男はやめろよ」なんて、アイスコーヒーに口をつけながら静かに声を発した。

「いるじゃん、ナマエのことなんでもわかりきってるヤツ」
「……誰?」
「オレ」

ぱちっと目があった。見慣れた少し垂れ目がちなのその瞳が私のことをしっかりと捉え、スッと細められる。私のこと、好きなの……?なんて、動揺しているのが丸わかりな震えた声で聞いてみれば、「もうずっと昔からね」と言って隆はニッと歯を見せ笑った。

「え、ずっと昔から?」
「そー。なのにオマエ全然オレの気持ちに気付かずに新しい男作るし」
「い、言ってよ!何で黙って見てるの」
「おもしろいから?」
「……他の男と付き合ってるのが?」
「それに関してはマジで全く面白くねーわ。でもさ、いっつもオレと比べて幻滅して直ぐに別れるだろ。それは正直、悪くは無かったよ」

グラスを持ったまま固まる私に、隆がもう一度声を出して笑った。私の気持ちをいつだって察してくれて、私の好きなこともやって欲しいこともわかってくれて、一緒にいて気が楽。彼以上に理解がある人なんて今後現れるのか疑ってしまうほどに。

「オレと付き合わねぇ?」
「……付き、合うのは、もう少し考える」
「うん、いいよ」

そう言われると思ってた。そう言った隆に少し俯かせていた顔を上げる。フッと柔らかく息を吐くように笑った彼は、私の方を見ながら「惚れやすいくせに、変に良いやつだから、ちゃんとオレのこと好きになれるかどうかしっかり考えてくれんだろ?」なんて、まるで私の心の中を覗き込んだようなことを言った。

「好きに、なったら、よろしく」
「ん。まぁ、近いうちにそうなると思ってるからそれまでゆっくり待ってるわ。今まで散々待ってきたし」
「……なんか、そういうことポンポン言われるの調子狂う」
「オレ以外の男と何回付き合ってもうまくいかねーくらいにナマエのこと何年もかけて甘やかしてきたんだから、そろそろこっち向いてくんね?」

オレとなら、絶対うまくいくから。

そう言った彼の瞳の奥で静かに燃える炎に触れてしまった私は体が煮えるように熱くなって、馬鹿みたいに鼓動が速くなった。手に持ったままのグラスの氷が溶けてカラッと音を立てる。咄嗟に口に含んだストローからは、少し味の薄くなったジンジャエールが流れ込んできた。

私は知らぬ間に、この目の前の男の術中にまんまとはまってしまっていたらしい。


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