三途春千夜の鼻水ごと愛していく




「ぶぇっくしょい」
「ウワ」
「くっそ……ダリー」

ずびずびと鼻を啜りながらオッサンみたいなくしゃみをする春千夜は、唸りながら「死ね」と目には見えない秋の花粉たちに怒り散らしている。

「……そのくしゃみどうにかならないかな」
「あ?」
「もっと綺麗にしてよ」
「くしゃみに綺麗もクソもなくね?」
「そうかもしれないけど、その顔でそのくしゃみはキツい」
「オイ、キツイってどういうことだ」

ピキピキと額に青筋を浮かべながらこちらへとやってきた彼にキッと睨まれる。でも花粉のせいで涙目なのでいつもよりも大分迫力が無い。ドスを効かせているつもりらしいその声も鼻声だから大して怖くはなかった。

「その綺麗な顔でオッサンみたいなくしゃみしないで」
「くしゃみごときで枯れるような顔じゃねーから安心しろ」
「それはそうなんだけどさ」

日頃から私がその顔が好きだと言い続けているからか、最近は春千夜自身も自分の顔の良さを自覚して私に話を合わせてくれるようになった。話を合わせてくれているのか、ただネタとしてノッてきてくれているだけなのかは知らないけど、彼の顔が綺麗なのは事実なので私としてはどちらでも良い。

「あー……ヤベ」
「なに?」
「きたきた第二波」
「えっこの距離で?あっち向いてよ」
「……ぶぇっくしょい!」
「うわ、マジで最悪!」

こっちに向かって盛大なくしゃみをお見舞いしてくれた春千夜は、「ヴぁー、くっそダル」なんてくしゃみだけじゃなくその後もオジサンじみたリアクションを取る。それがなんだかムズムズする。不機嫌そうに目つきを悪くさせた春千夜が「んだよ」とこっちを見た。鼻の頭が少しだけ赤くなっている。

「視覚と聴覚から得る情報がちぐはぐすぎてバグりそう」
「薬でもやったか」
「違うよ、その顔からそのくしゃみが飛び出すのが合わないんだって」
「靴下は脱いだらすぐ洗濯カゴ入れろとか、食べ終わった食器は水につけろとか、いちいちうるせぇのに人のくしゃみにまで口出しすんじゃねー」

鼻をかみながら、鼻セレブでも痛てーのどうにかなんねぇのかとティッシュにまで文句をつけ始めた彼は、そのままゴロっと横になって私の腕を引っ張った。ボテっと転がった私を引き寄せ胸元に顔を埋める。鼻水つけないでねと言えば、「鼻水ごと愛してくれ」なんて言葉が返って来たので軽く頭を小突いてやった。

「花粉症の気持ちがわからない薄情なやつ」
「気持ちがわかるのと鼻水つけられるのはまた話が別だよ」
「将来オレの介護するようになったらもっとヤベーからな」
「何で私が介護する前提なの?同じように私も年取るからね?」
「そんじゃあ二人でだらしなく老いてくたばって終わりかァ」
「だらしなくは嫌だな」

というか、そんなヨボヨボになるまで一緒に居てくれるんだ。そう聞いてみれば、「ちげぇの?」と顔を顰めながらこちらを見上げる。

「居てもいいならもちろん居させて欲しいけど」
「…………」
「え、なに?なんで何も言わな……あっ、待って待ってあっち向いて!」
「ぶぇっくしょい!」
「うっわモロ被った!最っ悪!!」
「デカかったわ第三波」
「笑い事じゃないから!!」

もうヤダなんて泣き真似をしながらぐいぐいと体を押し離れようとすれば、婆さんになっても一緒に居たいって今言ってたじゃねーかと逆に強い力で抱きしめられた。だからそれとこれとは話が別なんだって。そう言いたかったけれど顔を胸元に押し付けられてしまっているためうまく声が出せない。

「ナマエは毎年秋にオレのくしゃみを受ける」
「ものすごく嫌」
「…………」
「ねぇここで黙らないで?……もしかして第四波?絶対あっち向いてよ」
「来るかと思ったけど治まった」
「良かった。来そうになったら絶対離れてよね」
「わかったようるせーなァ……ぶぇっくしょい!駄目だったワ」
「不意打ちとか本当に最悪なんだけど!」

ゲラゲラと鼻の詰まった篭った声で私とは正反対に面白そうに笑い出す春千夜は、悔しいことにこんなんでも私の好きな人に変わりはないのだ。

彼が言うように私はこうして毎年この顔に似つかわしくないオッサンみたいなくしゃみを聞きながら文句を言って、いつかオジサンみたいって言ってたのに本当にオジサンになっちゃったねなんて笑って、そして鼻水よりもっとヤバいらしいものに二人して困り果てながら、だらしなく老いてくたばるんだろう。

「ティッシュ切れた。やべー垂れる」
「垂らさないで絶対耐えて今新しいの持ってくるから」
「無理無理、もう垂れる。アー……」
「うわちょっと離して!持ってきてあげるって言ってるじゃん!」

仕方がないから、二人一緒にくたばるその日まで、最悪だと文句を言いながらこの鼻水ごと愛してあげよう。


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