『やっぱ憧れとかあるん?結婚式とかドレスとか』


いつだったかの宮くんの言葉が頭の中で再生される。憧れは、あった。けれど、特に望んではなかった。宮くんの隣でないと意味がないと思っていたから。もしも隣にいることが許されるのならば、華やかな式もドレスも無くったって構わないと、そう思っていたから。


『お前は和装の方が似合いそうやな』


そう言った彼は私には興味なさげで、まるで他人事のようなその言葉に少しだけ虚しくなったのを覚えている。いつか俺に見せてなと笑った宮くんは、私の隣に立つなんてそんなことはこれっぽっちも思ってなかったんだろう。突きつけられる現実に目眩がしそうだった日々。見ないふりをしながらもがいていた。それでいいと自分に言い聞かせながら。


「俺たち何もかも順番バラバラできたやん。せやから、やっぱ付き合っても何もぶっ飛ばして、俺と結婚してください」


静かにその場に跪いた宮くんが私の左手を取って、薬指にキスを落とす。まるでどこかの御伽噺の王子様のようなその行動にうっとりする間も笑う間も無く、理解を感情が追い抜かして気がついたら涙が頬を伝っていた。声を出したいのに出せない。嬉しさに押しつぶされて息ができないなんて、こんなことが本当にあるんだ。


「……ダメ?」


宮くんが恐る恐る聞いてくる。ダメなんかじゃない。ダメなんかじゃないのに、やっぱりうまく伝えられなくてただ首を振るしかなかった。必死に息を吸い込んで、無理矢理口を動かし声を出す。


「よろこんで」


絞り出した私のその声にほっと息を吐きながら宮くんは大きく笑った。目尻が少しだけ下がって、普段よりもずっと柔らかい印象になる。彼のその優しい表情が何よりも好きだと思った。


「良かった。断られたら立ち直れんくなるとやった」

「そしたら、また、慰めてあげる」


その言葉と同時に私のことを抱きかかえた宮くんが回って、一部始終を目撃していた周りの人たちが声を上げ祝福してくれる。恥ずかしくて、嬉しくて、何もかもが夢のような空間に思えた。けれどこれが私と宮くんの現実なのだ。信じられないけれど、目の前で笑う彼がこれが本当のことなのだと証明してくれる。

ぐるぐると世界が回る。宮くん以外は全て私たちのスピードに追いつけずにぼやけて見えた。

私の目にはっきりと映し出されるものは彼しかない。どこにいても、何をしても、どんなことになっても、私は十一年前、偶然体育館で見かけた彼のバレーボールをする姿に惹かれたあの日からずっと、もうこの瞳は彼の姿以外を捉えようとはしないのだ。何も知らない私に色んなことを教えてくれた宮くんは、私の全てを作り出してくれた。

彼と出会わなければ私の人生はどうなっていたのか。全く想像できない。彼以外の場所に分岐する可能性があるルートが全くなかったからだ。それを少し怖いと感じたこともある。けれど、間違ったなんて思わなかった。私のこの十一年間は無駄なものなどなく、彼と過ごしたこの六年間は間違いなく私にとって必要なものだったのだ。


「宮くん、降ろして。みんな見てる」

「むっちゃ嬉しそうな顔しながらこんな時でも冷静やな」


ゆっくりと私を降ろした宮くんがぎゅうっという効果音が聞こえそうなくらいに抱きしめてくる。温かい彼の温もりが愛しい。けれど、せっかくのブーケが潰れてしまうのは困る。私のその訴えに宮くんは照れ隠しやんと笑ってさらに力を込めた。

顔から火が出そうなくらいに熱い。全身が沸騰しているような感覚だ。宮くんは嬉しそうに抱きついてくる。勘弁してと言ってみてもそんな言葉は今の宮くんにはなんの効力もなかった。


「侑マジで行動読めないウケる」

「さすがの俺でもびっくりしたで」


騒がしいギャラリーたちにピースサインを向ける宮くんの笑顔は今までにないくらいに嬉しそうで、見ているみんなに幸せを振り撒くようなものだった。キュッと心が締め付けられる。彼の背中に隠れるようにして、熱った頬をどうにか冷まそうと手のひらを添えてみるけれど、その手のひらも同じくらいの温度をしているから何の意味もなさそうだ。


「こらー!俺たちの式やぞ!主役よりも目立つなー!」


大きな声でそう叫んだ治くんの声は、言葉とは裏腹に明るい色をしていた。お前らよりも幸せになりますだなんて叫び返す彼にまた瞳の奥が熱くなる。

宮くんといることで私はいつだって幸せを感じてきた。宮くんは、私といることで幸せになってくれるのだろうか。これ以上の幸せをまだ与えようとしてくれているのだろうか。贅沢すぎはしないかと怖くもなる。けれど、宮くんは、きっと本当にそうしてくれるんだろう。宮くんの隣で、私も彼の幸せを願って、そして、出来ることなら一緒に作り上げたい。


「……こんなに幸せで良いのかな宮くん」

「何言っとるんや、まだまだやでこんなん!もう本気で死んでしまうってくらい幸せにしたる」


そう言って笑った彼を見ていたらまた自然と涙が溢れた。

いつだって強いこの人の、唯一の支えになる。そう思っていたけれど、私の方が宮くんに支えられて生きてきた。それでもやっぱり私は彼が弱い時に全てを曝け出せるような存在でありたいと思うし、そうしてまた強くなっていく宮くんを自分の支えにして生きていきたい。

恋というにはあまりにも重く、愛と呼ぶにはあまりにも難解な時間を過ごしてきた。私の人生の全てを賭けた大勝負。その結果が出るのはまだまだ先の話だ。けれど、今の時点では大勝利。

先のことなんてわからないから、もしかしたら私の気持ちも、宮くんの気持ちも絶えてしまう時が来てしまうのかもしれない。それでもきっと、この人が存在している限り、私の人生に負けなんてものは絶対に無い。私の人生が続く限り、彼の人生が続く限り、絶対に。

そう思わせてくれる宮くんと、私はこれからも歩いていく。


思ふこと むなしき夢の 中空に 絶ゆとも絶ゆな つらき玉の緒




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