先輩たちが私と話しているのを見て、私が人と関わることは嫌いではないのだとわかってもらえたのか、そこからたくさんいろんな人に話しかけられてこの短期間で自分でも驚くほどに周りの人たちとの距離が急速に縮んだ。

休みの時間もほとんど一人になることはなく誰かしらが話しかけてくる。もちろんそれは嫌なことではなくとても嬉しいことだ。けれど今までこんな風に過ごしたことなんてほとんどなかったので、嬉しい感情はしっかりとあるけれど戸惑いの方が最初はどうしても大きかった。

休みの日にここに行こうよと誘われて今日はみんなでランチに来ている。友達と呼べるだろう子達と待ち合わせてどこかに行くなんて経験はなかったので、前日から遠足前日の子供みたいにソワソワしたりなんかして。


「せっかく仲良くなったのにあとちょっとで帰っちゃうなんて寂しいねぇ」


なんでもない会話の途中で仙台部署の子がそう言ってくれた。自分に会えないことが寂しいと言ってくれる人が出来たことに感動すら覚えてしまう。

ここにくる前日に宮くんもそんなことを言ってくれたことを思い出すと少しだけ心が暖かくなる。一人が嫌いだと言っていた彼は今うまくやっているだろうか。合宿や遠征はチームで動いているから一日中一人ということはほとんどないだろうけれど、今回ばかりはそうもいかないだろう。


「筑波さんはたまにぼーっとしてるよね」

「え?」

「そうそう、考え事?」


突然振られた話題に少しだけいつもより大きな声を出してしまった。自分ではそんな自覚がなかっただけにちょっとだけ恥ずかしい。


「なになに、好きな人でもいるの?」

「あんたすぐそういう話に持って行きたがるんだから」

「えぇー、でも気になるでしょ?筑波さん綺麗だから彼氏の一人二人いてもおかしくないし」


まぁ、私も気にならないわけではないけど。そう言って二人揃ってこちらを見る。ワクワクとわかりやすく期待する瞳に耐えきれずに、「彼氏…は、いたことない」と答えると、周りに響き渡るくらいに大きく「ええ!?」と二人して驚きの声を出した。


「ごめん、凄い大きい声出た」

「今まで一人もいないの?!ほんとに!?」

「……うん」


学生の頃から彼氏どころか友達すらいなかったから。そう答えると「それめちゃくちゃコメントし辛い」と笑われてしまった。「え〜じゃあ好きな人もできたことないって事?筑波さん綺麗なのにもったいない!」と何故か悔しそうにしながら頬を押さえたその子に上手く反応できず「え……あ、うん」なんて歯切れの悪い声を出す。


「何その反応」

「あ、もしかして好きな人はいるな!?」

「えっ…と、いいじゃない私のことは」

「いやいやダメでしょ、あんたのことだから気になるんじゃんよ」


面白いものでも見つけたかのようにニヤニヤと笑みを深めた二人に逃げられないことを悟る。人とあまり関わってこなかったせいでそんなに自覚はなかったけれど、私は実は断れない性格なのかもしれない。慣れていないせいであまり強く出られないだけという可能性もあるけれど。


「言ってみ?どんな人?」

「いつから!?いつから好きなの!?」


前のめり気味にどんどんと投げかけられる質問に困ってしまう。「ど、どんな人……かっこいい?」なんて、ありきたりすぎる小学生みたいなことを言えば、「私らに聞くなよ!」「いいね慣れてない感じ。かわいいよ」と手を叩きながら笑うから、恥ずかしさを誤魔化すために手元の紅茶を一口飲んだ。


「顔見せてよ」

「それはダメ、絶対できない」

「名前は?」

「教えられない……」


何その謎の人物と笑う二人に、それだけはちょっとと濁せば、「まぁいいけど、かっこいいの他には何にもないの?どんな性格とかさぁ」とさらに質問を重ねられる。


「好きなものに真っ直ぐな人。芯が絶対にブレなくて、とても強いの」

「…………」

「………?」

「……今の短い紹介だけで筑波さんは本気でその人のことすんごい好きなんだなってのがわかった」

「え?」

「すごく優しい顔してたよ、ビックリした」


先ほどのようなニヤニヤとした笑みではなく、明るい朝日のように優しい笑みに変わった。そんなに表情に出てしまっていたのだろうか。自分が自分で信じられない。

同じ大学の人とか?その感じだと職場じゃないよね?と言う問いに、「中高の同級生」と答えると「まじ!?片想いなんでしょ?長くない?いつ頃から?卒業してから?」とさらに興味深そうな反応をされる。


「好きになったのがいつなのかははっきりとはわからないけど、多分、出会った時から」

「出会った時って!それいつの話よ」

「……中学一年生の時。初めて話したのは高二の時だけど」

「片思い歴が何年なのかを計算しなきゃ導けない長さ」


素直に尊敬すると感心した二人に、「もう私のことは本当にいいから」と話を振り返すと、じゃあ次は私の惚気を聞いてと挙手して早口で話し出す。「結局自分のこと話したいだけじゃんあんたは」と呆れながらもしっかりと耳を傾ける二人の関係を良いなぁと思いながら、幸せそうに惚気る彼女の話を聞いた。

好きなものをはっきり好きだと言い切れる人は見ていて気持ちが良い。こっちまで明るい気持ちになる。宮くんもそうだ。

……また宮くんのことを考えてしまった。こんなに離れているのに私の思考回路に居続ける彼の存在の大きさに笑みが溢れる。


「あ、またさっきの顔した」

「なになに〜、その人のこと考えた?」

「……なんでわかったの」

「顔がちょー好きって言ってる」

「まじでめっちゃ好きじゃん」

「いいねぇ〜」


にこにこと見守るような優しい笑みを浮かべられる。そんなに隠しきれない所まで来てしまっているのかと少し怖くなりながらも、正直に「うん、好き」と声に出した。その声は少しだけ震えていたようにも思う。決して大きくはない、小さな声。それでも、選手としてではなく一人の男の人として好きだとこうして口に出せたことが嬉しくて目の奥が少しだけ熱くなった。

誰かに気持ちを肯定してもらえるということがこんなにも自分を強くさせる。ずっと一人で抱え込んでどうして良いのかわからなかった気持ちが確かな想いとして私の心に種を撒いた。

好き。

心の中でもう一度言ってみる。好き。

立場も関係も、今までのこともこれからのことも、余計なことは何一つ考えずに純粋にそう思えた。


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そろそろこっちでの生活も終わるから、今のうちから荷物をまとめ始めようと今日はいつもより早めに帰宅した。せっかく色んな人とこんなにも仲良くなれたのに、もう一週間しかこっちにいれないのかと少し寂しくなる。

帰りたくないな、なんて気持ちが少しでも湧いたことに一人で笑ってしまった。この前は宮くんのことを考えながら早く帰りたいと思っていたのに。

友達と呼べる人ができたことはとても嬉しいけれど、やっぱり宮くんのことを考えると、途端に早く帰りたいなという気持ちでいっぱいになった。あと一週間。買って行くと約束したお土産はどこのものにしよう。そんなことを考えながらもう着ない服や使わない物を詰めていく。

ベッドの上に置いていたスマホが小さな音を立てた。この音は着信ではなくメールだ。仕事か何かの連絡だろうか。立ち上がってサイドテーブルにある天然水のペットボトルを手に取りながら片手でチェックをする。

宮侑。

そう表示された名前を何度も確認した。口に当てたまま傾けることを忘れ一口も飲めていないペットボトルをそのままテーブルへと戻す。こんな時間にどうしたんだろう。連絡が来た嬉しさと、どうしたって拭えない不安に襲われながら届いたそれをすぐさま開いた。

表示された内容を確認する。すぐに返事を打ち込んだ。送信ボタンを押すと、そのままヒュッと無機質な音を立て、たった二行の文章とも呼べないような短い言葉たちは宮くんのスマホを目掛けて飛んでいった。

今日は早めに帰ってきていて良かったと思う。荷物をまとめ始める前にご飯やらお風呂やら寝る前の支度を全て終わらせておいたのは正解だった。

ボフッと音を立て倒れ込むようにベッドへと沈んだ。意外にもこういうとき涙というのは流れないものなんだな、なんて他人事のように思いながらゆっくりと目を瞑る。眠気なんてまだまだ全然襲っては来ないけれど、起き上がる気力もなくてそのまま無理矢理思考回路に蓋をした。


 突然すまん。出張お疲れさん。
 いろいろ考えてみたんやけど
 俺とおまえはもう会わん方がええと思う。
 今までごめんな、ありがとう。
 元気でな。


目を瞑っても脳裏から離れないたった今宮くんから届いたメール。私たちの五年間は、そのたった五行でどうやら幕を閉じたらしい。


 わかった。今までありがとう。
 元気でね。


その二行を打ち込むのには指先が震えて頭がうまく働かなくても十秒もかからなかった。もう季節は夏なのに、身体の芯が凍えて吹雪の中にいるみたいに全身が痛い。

たったの三分間にも満たなかった私たちの最後。こんなにもあっさりと、笑ってしまうほどに呆気ない。



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