もっと夏になれば暑いのかもしれないけれど、五月の今はそれほどでもなく過ごしやすい。こっちに来て早一週間。今まで宮くんの遠征で何日も離れ離れになる日もあったけれど、こんなにも一人だと感じたことはあまりなかったように思う。

今回こんなにも寂しさを感じるのはきっと、彼が家を空けている時でも定期的に掃除をしたり宅配物の整理をしたりで部屋には訪れていたからだろう。こんなにも長い間あの部屋に足を踏み入れていないのがなによりもの違和感だった。

この間宮くんからの連絡はないし、こちらからもしていない。私と宮くんは出会った頃からメールで必要最低限のやりとりしかしたことがないし、みんなが使っているようなメッセージアプリにもお互いを登録してはいなかった。

宮くんのSNSは日々更新されていく。自分から動かしはしないけれど、登録したアカウントでは宮くんやその周辺の人たちをたくさんフォローした。一日の終わりに更新されていく写真や文章を一斉にチェックするのが密かな楽しみでもある。こんなにも細かいところまで追いかけているのが知られたら気持ち悪がられてしまうかもしれないと恐れつつ、私は宮くんのことが好きだけれど、同時に宮侑という一人の選手のファンでもあるのだと開き直って、毎日いろんな選手から発せられる彼のこぼれ話を楽しく眺めている。

今日更新された写真には意外な人物が写っていた。角名くんと宮くんは度々会っているのでそんなに驚きはしないけれど、今日はそれだけではなく治くんも写っていた。背景はほとんどわからないようになっているけれどこれは宮くんの部屋だ。つまり治くんがわざわざ宮くんに会いに来ているということ。彼は彼で自分のお店を持っているからなかなかに忙しいはずなのに。

三人の写真からわかる学生時代と変わらない仲の良さと、交わされるやりとりに微笑ましいと思うと同時に、ほんの少しだけ、何がと言われたらうまく答えられないけれど、胸の端に僅かに引っ掛かりを覚えるような、そんな感覚がした。


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「筑波さんってあんまり自分のこと話そうとはしないよね」


仕事終わりのホテルまでの帰り道。少し肌寒い仙台の夜。明日の休みは何をしようかと考えていたら突然先輩に話しかけられた。「そうかもしれないですね」なんて話の広げにくい返事をしてしまってすぐに自己嫌悪する。「これからまだまだ長い間こっちでやっていくし、私ももう少しくらい筑波さんと仲良くなりたいなぁ」と笑いかけられる。


「好きなものとかないの?」

「好きなもの……」

「ハマってるものとかさぁ」

「うーん……」


我ながらなんてつまらない人間なのかと改めてびっくりしてしまうほどに何も出てこない。返答に困っていると、「あれとかは?ポーチにつけてるやつ」と話をつなげてくれた先輩に感謝をしながら「あれはバレーボールチームのマスコットキャラクターです」と素直に答えた。


「バレーボール好きなの?」

「え、あ、はい」

「へー!!私は詳しくないけどうちにもいるよ、バレーファン!」

「えっ、本当ですか」


思わず食いついてしまった。その反応に目を丸くした先輩は、「筑波さんもそうやってテンション上がることあるんだ!」と少し驚きつつも嬉しそうな声を出した。そう言われてしまうと途端に恥ずかしくなってきて少しだけ顔を俯かせる。

「どこのチームが好きとかあるの?」との質問にはっきり答えるかどうか迷いながらも「MSBYブラックジャッカルです」と返せば、飛びつくようにこちらを振り向いた先輩が「えっ、うちにいる子も確か同じチーム好きだって言ってたよ!」と嬉しそうな声を出したので、私も釣られて笑えば、「……筑波さんって笑うんだね」とびっくりしたような表情を見せた後、「そうやってもっと笑ったほうがいいよ。これからもたくさん話しかけるね」と優しく微笑んでくれた。


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「かっこいい人だねぇ……!!」


ジャッカルのホームページを見ながら、「でもチャラそう」だなんて言った先輩は宮くんのプロフィール写真をタップしてスマホの画面に表示させる。「見た目はそう思うかもしれないですね。でもプレーは全然そんなことないんですよ」と苦笑いをしつつ返せば、「へぇ、今度おすすめの試合の動画ったら教えてね」と笑って残っていたケーキを口に入れた。

休みの日に誰かと過ごすなんていつぶりだろう。誰かとなんて言ったけれど、主に宮くんとしか過ごしていなかったな、なんて考えながらまだ暖かい紅茶に口をつける。

こんな風に宮くんの話をしながら誰かと過ごすなんて考えられなかった。彼の立場を考えれば私との関係を言いふらすことなんて絶対にできない。バレーボール選手は芸能人ほど交際等に関して厳しいというわけではない。しかし彼は女性のファンが周りの選手と比べてもとても多いし、そうでなくともこの曖昧な関係性が世間的にどんな目で見られるかなんてことは考えなくてもわかることだ。

どこで何がきっかけで漏れてしまうかなんてわからないから、今までずっと気をつけていたものの、こうやって打ち明けてみると他の人の反応や感想が聞けてんかなか楽しい。もちろん彼と私の詳しい関係は絶対に言えないけれど、それでも自分は宮くんのバレーボールが好きなのだと、内に秘めることなくしっかり口に出せるということはこんなにも楽しいことなのだということを初めて知った。


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最近筑波さん少し明るくなったよね。そう声をかけられて後ろを振り返る。仙台部署の人たちにはこっちに来ても仕事以外のことで話しかけられるなんてことは無かったので少しびっくりした。


「そうですかね」

「話してみたいなとは思ってたけど、他人とあんまり関わりたくないタイプなのかなって前にみんなで話してたんだよね」


ニコニコと親しみやすそうな笑みを浮かべるその人はなんとなく雰囲気が宮くんに似ていた。笑った時に少しだけ下がる目尻のせいだろうか。「俺、同期だからタメで大丈夫」と軽く手を挙げたその人は私の横に並ぶと「まだ時間早いし会社戻る前にどっか寄ってこうよ。あ、もちろん先輩たちには内緒ね」と言いながら、おすすめだというカフェへと入っていく。

あまり乗り気にはなれなかったけれど、スタスタと進んで行ってしまう彼に慌ててついていった。「何がいい?」とメニューを見せられ、少し迷いながらも「これ」と指をさせば、彼は素早く店員を呼んで、気がつけばドリンクを片手に「もう今日は働きたくないなぁ」と嘆く彼の話を聞いていた。


「やることやったし、今日はあと帰って報告さえすれば終わりでしょう」

「そうなんだけどねぇ〜」


筑波さんは仕事嫌だなぁって思うこととかないの?と首を傾げる彼に「特に」と返すと「え、まじ!?」と驚きながら手に持っていたアイスコーヒーのグラスを置く。


「仕事は好きだよ」

「俺も嫌いじゃないけど、そんなはっきりとは言い切れないかも。筑波さんはすごいね」


ころころと表情を変える彼は見ていて飽きない。その人懐っこい笑みの向こうにどうしても宮くんの姿がちらついて、もう一ヶ月近く会えていない彼のことが恋しくなった。「さすがにそろそろ戻ろうか」と笑った彼が、ぼーっとする私に「どうしたの?」と声をかける。慌ててなんでもないと答え、急いで後について行った。

会っていても離れていても、気持ちは変わらないどころかどんどん強くなっていってる気がして自分に呆れてしまう。一人でいることに何も苦を感じたことなんかなかったのに。会えなくて寂しい、だなんて、そんなことを思ってしまった。



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